ぼやきくっくり

日本人は今、世界一、自分の国の歴史を知らない人たちになっている。自分の国の歴史を知らない人が、何で「国民」なのか。日本人の歴史を知らない人が、何で「日本人」なのか。(櫻井よしこさんの言葉)
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「アンカー」ペルー日本大使公邸人質事件の真実

■5/23放送「アンカー」青山繁晴の“ニュースDEズバリ”

070523-01title.jpg 今週のテーマは、10年前のペルーの日本大使公邸人質事件。なぜ今この事件を?
 その謎は、読み進めていくうちに明らかになります。

 細かい相づちはカット、言葉尻など曖昧な箇所もありますが、それ以外はほぼ完璧です。
 画像は“たか”さんがUPして下さった動画から、キャプチャさせていただきました(2枚目と3枚目のみ私がテレビから撮ったものです。粗くてすみません)。
 各画像をクリックすると、新規画面で拡大します。

 ちなみにラテ欄はこうなってました。

ペルーの日本大使公邸人質事件から10年…当時特派員の青山繁晴がいま語る“報道されない現場突入の真実”


 内容紹介ここから____________________________
 
070523-02hikouki.jpg青山繁晴
「今日は僕にとって思い入れのあるテーマなので、気を付けて客観的にフェアに話さなきゃいけないと思ってるんですが、まず、恥ずかしながら、ちょっとこれを見ていただいて……(写真フリップを出す)。ちょっとわかりにくいかもしれませんが、飛行機の中です。軍用機なんですが、まるで囚人護送してるみたいですが、そうでなくて、僕の記者時代の最後の写真です。ちょうど10年前の写真で、この取材をもって僕は記者を辞めました。これ、乗ってるのは、軍用機と申した通り、ペルー軍の軍用機です。何の取材していたかというと、実はこれなんです」(次の写真フリップを出す)

070523-03taisikan.jpg青山繁晴
「ペルー日本大使館公邸人質事件。みなさん、ご記憶の方も多いと思うんですが。この写真も僕が撮りました。日本人を含む人質がたくさん捕らわれました。隣のマンションから撮った写真なんですけど、これは10年前の事件です。じゃあなぜそれを今日やらなきゃいけないのか。どうしても今やらないといけない理由があって、お話ししたいので、この後できればぜひ見て下さい」

(いったんCM)

 …………………………VTR開始…………………………

070523-04vtr1taisikan.jpg ペルー日本大使公邸人質事件。
 日本人が初めて経験した大きなテロ事件となった。

【1996年12月17日 事件発生】

 サヨクゲリラ、トゥパク・アマル革命運動(MRTA)のメンバー14人が、ペルーの日本大使公邸を襲撃。
 青木大使をはじめとする日本人及びペルー政府関係者ら、およそ600人を人質に立てこもった。
 人質は徐々に解放されるが、最後まで日本人24人を含む72人は拘束された。

 日本政府は事件発生当初からペルー政府に対し、平和的解決を要求。
 当時の橋本総理と、ペルー・フジモリ大統領は解決策を話し合い、一時は犯人グループのキューバへの亡命も検討された。
 しかし――。

【1997年4月22日 武力突入】

 事件発生から127日目、事態は急転する。
 およそ2カ月かけて掘られた地下トンネルから特殊部隊が突入。
 日本政府に一切の事前通告なしに行われた武力突入によって、ゲリラ14人全員が死亡。
 人質となった72人のうち、ペルー政府関係者1人が亡くなったが、奇跡的にも日本人24人は全員無事に救出された。

070523-05vtr2fuji.jpg 人質とともに喜びを分かち合うフジモリ大統領の姿は、日本でも大きく報道され、一躍ヒーローとなった瞬間だった。

 …………………………VTR終了…………………………

山本浩之(キャスター)
「さ、青山さんの“ニュースDEズバリ”、今日は10年前に起きました、ペルー日本大使公邸人質事件の裏側についての解説ということなんですが、なぜ10年前のあの事件を取り上げられたのか、それも含めて解説お願いします」

青山繁晴
「はい、さっき申しました通り、僕は現地で取材してたんですが、事件の発生直後から、武力突入で終わる解決まで、全部見た記者は僕1人だったそうです。4カ月長く続いたんで、ちょうど時差が昼夜全く逆で、全く眠れない生活が4カ月続くので、普通は交代するんですけど、僕の場合はいろんな事情で、最後まで1人で全部見たわけですね。で、その事件のために共同通信を結局辞めたんですけども、今に至るまでの10年間、あの事件の武力突入は間違いだったとずっと言ってきたんです

070523-06saiban.jpg青山繁晴
「10年経って、先週金曜日に当事者のペルーで、新しい裁判が始まりました。この裁判は、あの武力突入に大きな間違いがあった疑いがある、犯してはならない殺人が、虐殺が行われた疑いがあるという裁判が始まり、しかも大事なことは、その裁判のために、初めて日本人の人質だった方に、証言に立ってほしいという要請が初めて出たんです。つまりは、事件の本当の真相を、武力突入の本当の真相を知ってるのは日本人だけだよ、ということを、今のペルー政府が初めて言ったということなんです。実は僕は、金曜日に裁判が始まってから土日にかけて、ずいぶんたくさんの電話とメールをいただきました、長いつきあいの方々から。『お前が10年間言ってきたことが本当かもしれないってことが、ようやく出てきたね』と。『かもしれない』っていうのは、フェアに言わないといけない。まだ判決出てませんから。しかし、もう虚仮(こけ)の一念のように10年間青山が言ってきたことが本当かもしれないというのは、この裁判の始まりでわかったよという人が、政府の内部にもいるんです。その上で、この10年間僕が主張してきたことと逆に、日本ではどう見られてきたか。どう報道されてきたか」

070523-07nihonhoudou.jpg村西利恵(進行役)
「まず1つめは『日本人は武力突入で救われた』ということ、2つめは『救ったフジモリ大統領はヒーロー』のように扱われたということ」

青山繁晴
「日本人の人質、24人いらっしゃいました。武力突入によって24人全員、お怪我はされましたけど、亡くなる人はいなくて、全員救出されました。だからこれ、当然だろうとみんな思うはずです。日本政府もそのように説明してきました。そしてこの武力突入を指揮し、あるいは計画したのはフジモリ大統領だから、日本人を救ったヒーローだと。今もそう思われてます。しかしこれは、僕が現地で取材した関係者から聞いた話を総合すると、事実はまずこうです」

070523-08sinjitu1.jpg村西利恵
「青山さんが取材した真実として、『フジモリ大統領は日本人が死ぬことを前提に武力突入した』んだと……」

一同
「えー?」(驚き)

青山繁晴
「つまりフジモリ大統領は、日本人を助けるために武力突入したんじゃなく、日本人は武力突入したら必ず死ぬと。違う目的のために武力突入したんであって、日本人を助けたのはフジモリさんじゃない。じゃあ誰が日本人を助けたか。24人全員助かりました。誰が助けたかというと、これです」

070523-09sinjitu2.jpg村西利恵
『日本人を助けたのはゲリラの少年』……」

青山繁晴
「ここに写ってる絵の人間ではありません。ここに写ってるのは(右側の人物を示して)ネストール・セルパといって、プロのテロリストです。これ、まさしく主犯であってですね。これは(左側の人物を示して)セシリアという女性です。この写真には写ってませんが、実際には、ゲリラ…と呼ばなきゃいけない、犯人グループだから呼ばなきゃいけないけど、推定14〜5才の少年がいて、その少年のおかげで日本人は全員助かったんです。どういうことか、いきさつをわかってもらうために、当時の現場の様子を見てもらいたいんですが、さっきのVTR見ていただくと、トンネルから突入したと言ってるけど、トンネル映ってないでしょ。建物の外からわーっと特殊部隊が入ってくるの映ってたけども、実はトンネルはあの大使公邸、国民の税金で造った住まい、その下に7本のトンネルを造ったわけです。そのトンネル含めた内部の模様は、今まで日本国民にはあんまり伝えられてないわけです。それを実際に見た内部を、写真は撮れなかったので、絵で今回は描きました」

070523-10teineimitorizu.jpg青山繁晴
「もちろん、もうちょっと複雑な構造してますが、簡単に言うと、主な建物は2階だけで、日本人の人質の方々は、これ実際、らせん階段なんですが、らせん階段上がった突き当たりの小さな部屋に全員、24人いました。そこに見張り役の少年と書いてますが、絵には出せないけど、実際は軽機関銃持ってました。このスタジオの4分の1ぐらいの広さ、つまり僕と今、村西さん立ってますけど(2人の間は3mぐらいの間隔)、ここからそう変わらないぐらいの狭い部屋です。だから少年、テロリストがこうやって構えてたらですね、軽機関銃の引き金を引いたら、まず頭も何も吹き飛んでしまう。おそらく24人全員死んだと思われる。それ、2階ですね。で、トンネルから突入したということは、2階にはトンネルはもちろん届きませんから、最初フジモリ大統領が指揮した突撃部隊は、1階に入ってくるわけですね。これ(トンネル)、今1本描いてますが、実際は7本掘られました。トンネルから出てきて、1階にいたさっきのセルパのような主犯格をまず殺害したわけです。つまりここ(1階)で銃撃戦があったわけですね。銃撃戦があるということは、必ず2階に聞こえてしまうから、必ずこの少年は撃つであろうと、フジモリ大統領は判断してたんです。僕は推測で言ってるんじゃありません。ペルー側の内部から聞いてきた話です。というのは、このへんの盗聴マイクがいつも仕掛けられていたので、つまり持ち込んだ食料とか、そういうものに盗聴マイクが仕掛けられていたので、こういう状態だとわかっていたわけです。ですからさっき言った通り、ここから(トンネルから1階へ)突入したら、必ずこの少年が撃って全員死ぬと覚悟して、フジモリ大統領は突入したんです。じゃあどうして死ななかったかというと、この少年が、実はこの少年は、さっきゲリラと言いましたが、実際はほんの子供で、アマゾンのジャングルに住んでて、親が50ドルをさっきの主犯格から渡されて、50ドルで売られた子供です。その50ドルで一族が何年も暮らせるわけです。日本円で6000円ぐらいですよ。ですからテロリスト、ゲリラと言うけれども、実際はただの子供なんです。4カ月もいっしょにいたから仲良くなってて、人質の方の証言によると、いま証言を要請されている日本人の人質によると、引き金に指はかかってたと。だけど引けないまま彼は後ずさりしていって、部屋から出て廊下に出たと。その時ちょうど特殊部隊の兵士が上に上がってきたから、少年が部屋から頭が出たので、パーンとこめかみ撃ち抜かれて彼は死んだと。だからその人質の方が当時僕に証言してくれたのは、『青山さん、あの少年の指があと少し動いてたら、我々は全員死んでたんだ。フジモリに助けられたんじゃない』と、人質の方ははっきり言ったわけです。次にみなさん気になるのは、フジモリ大統領が日本人が死んでもいいと思うぐらい、何のために武力突入したのか。貴重な映像がありますから、ちょっとそれを出して下さい」(映像が出る)

村西利恵
「突入直後の公邸内の映像があります。こちらです。これもう突入の後ですね。直後です」

070523-11sitai.jpg青山繁晴
「これは銃撃戦の後なんですが、フジモリ大統領ですね、日本人にもおなじみですね。ヒーローと言われてきましたから。こうやって今らせん階段を上がっていきます。ここ、ぼかしてありますけど、死体が2つ転がってるんです。ペルー国内では非常に何度も、ぼかしをかけないで流されました。今の死体の意味を、画像では刺激強いからお見せできないので、僕が自分の身体を使って説明しますが。あそこにあった2体です。ここ(1階)で殺されたさっきのセルパと、それからナンバー2のロハスというプロのテロリストで、殺されてもはっきり言って仕方ないけど、彼ら2人の死体をここ(らせん階段)に運んで置いてあったんです。射殺してここに運んだんです。大統領がそれを見る映像を、国営テレビで何度も何度もペルー国内に映したんですが、その映像は、主犯格のセルパは仰向けでした。仰向けでこのように、のど仏の上で十字に引き裂かれて、ザクロのように広げてあったんです。もう1人のナンバー2のロハスは、上半身裸にして裏返し、首を切断されてました。それ見た時、僕は意味わからないから、僕についてくれてた運転手さんに意味を聞いたんです。彼はもともとのインカ帝国から続いてきたペルー人です。『あれはインカ帝国から続いてきたならわしで、王様に文句言うな、権力者に物言うな、物を言った奴はこのようになる。ザクロのようにのど仏を切り裂くんです。首を切り落としたのも、決して権力者に物を言うなという見せしめなんです』と。で、その運転手さんはその映像が流れるまでは、『青山さん、僕はフジモリ大統領の大ファンです』と言ってたんです。が、あれを見て、『わかりました。ほんとは大統領は、俺に反抗するな、俺に抵抗するなというメッセージを国民に流すために、武力突入したんだ、それが目的だったんだ』ということを、僕じゃなくて、そのペルー人の人が言ったわけです。そしてその時に、さっき映ってた女性(セシリア)がいたでしょ。例えばあの人は、生きて逮捕されたんです

一同
「生きて??」(驚き)

青山繁晴
「生きたまま逮捕されました。これ僕、断言するのは、その時、日本人の人質の方が見てるからなんです。複数の方が。生きて逮捕されて、後ろ手に縛られて、いったん公邸の外に出されたんです。出して見せて、もう一度引きずり込んで中に連れていって、四肢を切り落とし、乱暴を加えて殺したんです。いま裁判になってるのはその件なんです」

一同
「えーー?」(驚き)

青山繁晴
「何でわざわざ外に出したかというと、見せるためです。みなさん、今のような無惨な真実が本当の姿で、じゃあそういう武力突入にどうしてなってしまったのか」

<キーワード>
 「平和的解決」が武力突入を呼んだ

青山繁晴
「日本が求めた『平和的解決』こそが、この無惨な武力突入を呼んだんだということを、この後、ありのままにお話ししたいと思います」

(いったんCM)

070523-12ikeda.jpg青山繁晴
「これは当時記者だった僕が、下手ながら撮った写真なんですけどね(真ん中がフジモリ大統領、右側が池田行彦外相)。事件が終わった後に、池田行彦外務大臣、当時の僕の担当大臣です。お礼に訪れた時の絵なんですね。だから池田さん、複雑な顔なさってますが。この池田さんは事件が発生した直後、それから終わってしまってからの2回、来たわけです。問題は、発生した直後に池田さんがペルーにやってきた時。その時は僕は同行記者だった。池田外務大臣はとっとと帰っちゃいました。他の同行記者もみんな帰っちゃいました。しかし共同通信の判断で、青山だけは置いといた方が使えるだろうということで……」

山本浩之
「タフですからねー」

青山繁晴
「それで4カ月間いることになっちゃったわけですが、問題は最初に来た時に、池田外務大臣はフジモリ大統領に何を言ったのか。これは実は未だに公表されてないんです。外務省の中に、僕ははっきり物を言い過ぎると、僕を嫌ってる人もいます。しかし同時に、『青山さん、あなたがほんとのことを言って下さい』と言う外務省の高官もいます。その方から僕は実は、はっきり申しますが、記録をとりました。その人は退官したので言いますが、文書を見ました。その文書を見ると、この池田大臣がフジモリ大統領に言ったのは、『とにかく日本という国は平和的解決じゃないとダメなんです、国民がもたない』、つまり内閣がもたないんだと。もう何が何でも話し合いで、テロリストにある程度の妥協してもやむを得ないから、とにかく平和的解決だけで行ってくれと。その時に池田さんはフジモリさんに2回会ってます。最初、フジモリさんは断った。『とんでもない、そんなことしたら次から次へとテロが起こるじゃないか、できません』。池田さんは官邸に電話をした。橋本総理に。『ダメだお前、そんなもんじゃ、帰っちゃいけない』と。もう1回会いました。そしたらフジモリさんがガラッと変わってて、『平和的解決を目指しましょう』と。わけわかんない。実は外務省の中に、今もわけわかってない人がいるんですが、僕はこっちの方(フジモリ)の記者ですから、こっち側にも聞きますから。聞いたらですね、『青山さん、我々はびっくりしたんです』と。『どこの世界にそんな国があるかと思ったけれども、自分の国民が捕らわれてるのに』、拉致問題と同じです、『自分の国民が捕らわれてるのに、とにかく揉め事だけはやめてくれ、と頼みに来る政府がこの世にあるってこと、最初はわからなかった』と。しかしそれを聞いてわかった以上は、フジモリ大統領は、この人は天才的な政治家だから、あるアイデアを思いついた。すなわち、すでに大使公邸の構造を調べてて、これ、人質2階に上げられたらどうしようもないと。外から入っていくだけだとどんどん殺されていくだけだから、トンネル掘るしかない。トンネル掘るには最低4カ月かかる。その4カ月をどうやって保たせるか。あ、日本を利用すればいいんじゃないか、と。日本と平和的交渉をやってれば、テロリストも油断する。その間、時間が稼げる。で、ヤマヒロさん、きっと覚えてると思うけど、途中で突然、ペルー軍が音楽流し出したり、演歌を大音量でかけたり、あれ、未だに違った報道があります。あの目的はたった1つで、トンネルを掘る音を隠すためです」

一同
「ああー」(納得)

青山繁晴
すなわちトンネルを掘るために、この日本国はダシにされたんです。利用されたんです。しかもですね、いま映像が出ましたね。もう1回出してくれますか」(人質と喜びを分かち合い、上機嫌のフジモリ大統領の映像出る)

070523-13joukigenfuji.jpg青山繁晴
「フジモリさんが解決の後に、これ実はね、周りのペルー陸軍の大佐が僕に言ったのは、まるで酔っ払ったみたいだったと。どうしてか。自分に酔ってるわけです。どうしてかと言うと、日本人の人質は全部死ぬ、しかし国民に対して反抗するなとメッセージを送らなきゃいけないから、日本人の人質が死んで、国交断絶になって、日系人の大統領だからいっぱい援助があったのに、その援助もあきらめなきゃいけないと思ってたのに、何と1人も死んでないと。だからフジモリ大統領は、あの時ブツブツ言ってたそうで、後で関係者に聞いたら、彼は『私は神に愛されている』と言ってましたよと。こんな幸運は神に愛されてると思ったから、フジモリさんはその後間違って、憲法改正して三選に出てしまって(注:Wikipediaによれば……1993年に改正されたペルー憲法では大統領の三選を禁止していたが、フジモリ大統領は第一期は旧憲法体制下のため、自身の三選は可能であるとの憲法解釈をし、国会で承認させた。憲法裁判所はこれを違憲としたが、最終的に最高裁で三選出馬支持する判決が下り、フジモリの三選が可能となった)、だから失脚したんです。そのフジモリさんをかくまったのは誰ですか?

山本浩之
「日本ですね」

青山繁晴
「その通りです。この10年間かくまってきて、未だにフジモリ大統領を応援してるでしょ。最後にみなさんに申したいのは、この10年、じゃあ日本はどこか変わったのか。全然変わってません。しかし僕は、変わったのかと問いかけたいのは、武力突入でも何でもやる国になれと言ってるんじゃない。そうじゃなくて、最後に見ていただきたい、最後の絵はこれ」(青山さんとペルーの子供たちの写真が出る)

070523-14kodomoshasin.jpg青山繁晴
「特に子供たち。僕はペルーに最初、飛行機が下りていく時、池田外相の乗ってた飛行機下りていく時、屋根のない、建設途中の家がいっぱい見えてる。ペルーはけっこう活気があるじゃないか、家いっぱい建ててるんじゃないかと思ったわけです。しかしみんなが帰った後、時間できたのでそこに行ってみたら、実は周りにある家は全部、屋根がない家なんですよ。いっぱい雨降るんですよ。家といっても囲いだけなんです。もう息を呑むような貧しさで、みなさん、僕の汚い顔ですけど、あえてアップにしてくれますか(写真の青山さんの顔がアップに。複雑な表情)。この、僕は夕べ、10年ぶりに写真見たんです。800枚の写真からね、この1枚だけがこんな顔になってるわけですよ。この貧しさ見てね。何ということかと(涙)。僕たちが国民の税金で援助してきたあのお金はどこに行ったんだ、フジモリ大統領ら権力者の懐に入って、子供たちには全く入ってない。この子たちは親に50ドル渡されたからといって、テロリストにされて、そうやって後ろ手に縛られて、乱暴されて殺されたりしたんですよ。その10年の真実を、どうして知らないでいいんですか、この国は(号泣)。日本人が助かったらそれでいいんですか。日本人の人質の方々、助かった方々が僕に、『青山さん、私たちは、自分が助かっただけではだめだと思う』と。『この日本という国のあり方をどうにかしないとダメだ』と10年間僕に言ってきた方がいるから、僕も一生懸命講演で言ってきたんです。ペルーのことだと思わないで。僕たちの問題です。僕たちはいったいどんな国なのかということを、この子供たちの顔といっしょに、ぜひ覚えていただければと思います。すみません(涙)」

山本浩之
「いや、もう、これまでの青山さんとのお付き合いの中で、何度かこの事件については口にされてたんですよね、青山さんは。今ようやくテレビで語っていただいて、で、裁判も10年経ってようやく始まりました。これはだから、遠く離れたペルーでの裁判ですが、よく注意して見ないといけないですね、裁判の行方を」

青山繁晴
「そうです。あえて名前出すと、小倉さんという方が外務省の職を捨てて、この事件を批判して辞めた人が、証人申請されてますから、彼の勇気が出るようにみんなで応援してやって下さい。小倉さんをペルーに送れるように」

山本浩之
「必ずお伝えしたいと思います。青山さんの“ニュースDEズバリ”でした」

 ____________________________内容紹介ここまで


 うあ゛ぁあ ・゚・(´Д⊂ヽ・゚・ あ゛ぁあぁ゛ああぁぁうあ゛ぁあ゛ぁぁ

 青山さん号泣。……ほんと熱い人です。
 以前から時々泣いてはりましたが(拉致問題とか硫黄島取材とかで)、ここまで大泣きされてるのは初めて見ました。
 でも引いてしまった視聴者もいたのではないかと、ちょこっと不安(^_^;

 今回はいつにも増して勉強になりました。私の知らないことばかりで。
 というか、10年経って振り返ってみるに、当時の日本ではMRTA側の立場に立った報道はほとんどなかったように思います。日本人が人質になってたわけだから、当たり前と言えば当たり前なのかもしれませんが。

 確かにテロは悪いことです。だけど彼らがそこに追い込まれた事情とか、日本人は当時も今もほとんど考えたことはないのではないでしょうか。

 今回始まった裁判のことも、私は全く知りませんでした。これも日本ではあまり報道されてないような気がします。

ペルー法廷、ゲリラ処刑事件で元日本大使館員らに証言求む(読売5/19)
 【リオデジャネイロ=中島慎一郎】1997年4月のペルーの日本大使公邸人質事件の強行突入の際、治安部隊に左翼ゲリラを違法に処刑させたとして、殺人罪に問われたモンテシノス元国家情報局顧問と当時の軍幹部2人の初公判が18日、リマの海軍基地内の法廷で開かれた。

 モンテシノス被告はフジモリ元大統領の元側近。検察側は、武力突入後に武装解除したトゥパク・アマル革命運動(MRTA)のゲリラ兵3人の処刑を命じたとして、モンテシノス被告に禁固20年、アスクラ元陸軍大佐に同15年、エルモサ元国軍司令官に同8年をそれぞれ求刑。

 さらに次回以降の公判では、当時日本大使館書記官として人質となり、武力突入後にゲリラ兵3人の生存を目撃した小倉英敬氏(現・常磐会学園大教授)らの証言を求めている。

最終更新:5月19日12時40分

 小倉英敬氏はこういう本も出されています。興味のある方はぜひ。
封殺された対話―ペルー日本大使公邸占拠事件再考

 フジモリ元大統領に関しては、日本人のメンタリティでは、
 「フジモリさん→日系人→いい人のはず→かばってあげたい」
 と、なりがちですが(私も心情的にそう思っていたけど)、もっと冷静に、もっと多面的に見ないといけませんね。

 (余談ですが、この逆パターンが、米下院に慰安婦問題に関する対日非難決議案を提出したマイケル・ホンダ議員なのかも。「日系人はいい人のはず→こんな反日行為をする人が日系人のはずがない→ホンダは出自を偽っているのではないか」という図式に陥っていた人が、けっこういたように思います)


 スクロールお疲れさまでした<(_ _)>
 以下は「アンカー」関連リンク集です。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

※参考リンク
ON THE ROAD : Aoyama 's Daily Essay(青山繁晴さんのブログ)

※動画ご提供
国風(“たか”さんのサイト)

※拙ブログ関連エントリー/「アンカー」起こし
06/5/11付:「アンカー」ポスト小泉を青山氏がズバリ
6/15付:「アンカー」拉致問題に隠された北の陰謀by青山繁晴
7/13付:「アンカー」北制裁とテロの危険性by青山繁晴
7/20付:「アンカー」国連と北朝鮮&「ぷいぷい」韓国
8/24付:『アンカー』北朝鮮核実験で日本の核武装論が高まる?
8/31付:『アンカー』皇室はどうあるべきか?
10/5付:「アンカー」安倍さんは家康〜北核実験宣言、訪中・訪韓、消費税など
10/26付:「アンカー」金正日、逆襲の一手!?
07/1/11付:「アンカー」山崎拓訪朝で拉致問題に異変?
・(おまけ)1/15付:「報道2001」山崎拓×青山繁晴
1/17付:「アンカー」山崎拓訪朝で加藤紘一政権誕生?!
1/24付:「アンカー」米朝妥協で日本はどうすれば?
1/31付:「アンカー」米大統領選で日本の運命は&柳沢発言問題
2/8付:「アンカー」外国人犯罪者の逃げ得を許すな
2/14付:「アンカー」6カ国協議合意で今後の日朝関係は?
2/19付:「アンカー」李英和教授の解説&総連の動画
2/22付:「アンカー」安倍内閣改造の時期は?人事は?
3/1付:「アンカー」韓国メディアが伝える北朝鮮 小さなニュースに宝あり
3/8付:「アンカー」米国に告ぐ!ヒル国務次官補即刻解任せよ
3/15付:「アンカー」安倍変身&慰安婦問題など
3/23付:「アンカー」中東経済会議で北朝鮮問題
3/29付:「アンカー」カタール報告 日本核武装を求める2大国
4/5付:「アンカー」イラン戦争秒読みか?
4/12付:「アンカー」BDA凍結資金解除と渡辺秀子さん親子事件
4/19付:「アンカー」今年は参拝なし?温家宝 微笑の真相
5/3付:「アンカー」安倍がブッシュに約束させた本当の事
5/10付:「アンカー」日米報道の差 首脳会談・銃乱射・慰安婦
5/17付:「アンカー」国民投票法成立 安倍首相の真の狙い


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Comments

くっくりさん、書き起こしごくろうさまです。さらに、有り難うございます。

青山さん、確かに最近よく涙を流しますね。でも、この涙どっからどう見てもウソの涙に見えないのです。この涙って、単に人の不幸に対してながしているんじゃなくて、わたしたち現代日本人の無知・自分勝手さ・情けなさ、そして、ここが一番重要とおもうのですが、その「無知・自分勝手・情けなさ」によって被害を被った人達に対して流してるので、本当に心に響きます。
反省を促される所でもあります。

たぶん、これで引く人はそれこそ斜め上の人達だけなんじゃないかな。だって、その本家である中国にしても北朝鮮にしても、はたまた旧ソ連等の共産圏内では、身内をも密告したり・貶めるようなことを善とするところであり、そうならば己への真の反省なんかあり得ないし、そう言う心も芽生えないだろうし...
同じ様に、今の日本の共産・社民・民主の一部などを筆頭とする左巻きって本当に自分だけよければいいと思ってるから、話を聞くだけでだんだんイライラして来るし、彼らにどれだけこの青山さんの涙の意味が分かるのかっておもいます...

ところで、書き起こしてもらっててなんなんですが...
>「すなわちトンネルを掘るために、この日本国は打診されたんです。」
のところ、「日本国はダシにされたんです。」だとおもいます。いま、”たか”さんの所より確認したんですが、間違いないと思います。
sss | 2007/05/24 03:42 AM
お久しぶりです。
>もっと冷静に、もっと多面的に見ないといけませんね。
ごもっともです。色々な視点から見るようにしないと、いろいろ誤解しやすいですからね、私も常々気をつけるようにしているつもりです。
蛇足ですが、去年、とても陽気なペルー人と友達になったのですが、彼は私が日本人と知ると、いきなり真顔で「フジモリは素晴らしい大統領だった」と言いました。フジモリ氏についてあまり知識のなかった私は相づちを打つことしかできませんでしたが。。。
j.seagull | 2007/05/24 04:08 AM
いつもくっくりさんの奮闘ぶりに頭が下がります。

>(余談ですが、この逆パターンが、米下院に慰安婦問題に関する対日非難決議案を提出したマイケル・ホンダ議員なのかも。「日系人はいい人のはず→こんな反日行為をする人が日系人のはずがない→ホンダは出自を偽っているのではないか」という図式に陥っていた人が、けっこういたように思います)

これはちょっと違うんじゃないかな。「成りすまし」があまりに多いという学習効果と「長崎、広島は日本人にとってよかった」などど公言してはばからない言動、これはさすがに河野洋平でも言わんでしょ。
実際のところ「ホンダ」の出自がどうなのかは判りませんが少なくとも一線を越えていると思わせるものがあります。
Aaa | 2007/05/24 04:35 AM
いつもご苦労様です。くっくりさん、ありがとうございます。

私もこれは見ていて、本当に悲しい気持ちになりました。
少し前に、読売新聞で、日本からのODAの使い道について、その使い道を報告してきた国は一カ国だけ、というのを見ました。日本人がぎゅうぎゅう詰めの満員電車で通勤し、ストレスで体を壊しながら働いて収めた税金が、本当に貧しい人のために使われているなら報われますが、途上国の政府高官たちの懐にどんどん入っているだけなら、悲しすぎます。外務省もただお金を垂れ流すだけなら、援助などしないほうがましだ、と思います。
でもいったいどうして、どうしてそんなことになってしまうんでしょうか?外務省の職員だって、決して、お金を垂れ流すだけでいいとは思っていないでしょう?その国の発展のために使ってほしい、と願ってるんじゃないんでしょうか?

小倉さんのご本、読んでみますね。
早苗 | 2007/05/24 08:37 AM
くっくりさん、今日のエントリーは読めてよかったです。ありがとうございます。
ななつのひとつ | 2007/05/24 10:01 AM
書き起こしいつもありがとうございます。
実は「そろそろ10年だな、人質救出で亡くなった兵士(特殊部隊かな?)さんの家族は元気に暮らしているかな」って思っていたんです。
しかし、裏でこんなことがあったなんて。

恐らくこのような裁判がペルーで行われるなんてマスゴミは報道しないでしょうから、くっくりさんの書き起こしがなければわたしは何も知らずに生活していたでしょう!!

「平和的解決」って政府の人間にとっては「保身」ってことですか? 誰も責任を取りたくないってことでしょうか。内閣の方が「自国民」よりも大事だなんて・・・。
ショックです
o(TヘTo) くぅ
vialattea | 2007/05/24 11:05 AM
 書き起こしお疲れ様です。
 物事の真実は結果だけからは見えてこないという事なんでしょうね。勉強になります…

>Aaa様

>「長崎、広島は日本人にとってよかった」などど公言してはばからない言動、これはさすがに河野洋平でも言わんでしょ。

 恐ろしいことに、意外といます…
 さすがに国会議員クラスは言えばどうなるか想像できるから言わないんでしょうが、日本人でも一定以上の年齢のサヨクはたまに言いますね。
 私のブログにもそういう人が来て「日本人は原爆ありがとうと言うべき」とまでぶち上げてました…
タマネギ愛国者 | 2007/05/24 11:08 AM
平和的解決といっても長引けば人質の命の危険性やテロ増長の社会的なリスクが増すわけで、武力突入自体は一概に批判できないと思います。

やはり問題は生け捕りしたはずのゲリラ兵3名の射殺でしょう。

これこそ「平和的解決」が間接的な原因となって起きてしまった可能性があるように思えます。事件が長期化してしまったがゆえに、テロを増長させないためには見せしめが必要だと判断されたのかもしれません。

もちろんこれはきちんと追及されなければいけませんが、一方で青木元ペルー大使が証言したゲリラ兵との会話内容を聞くと、事件を首謀した正式なMRTAメンバーのゲリラ兵は亡命先で自分はああしたいこうしたいといったことばかり語っていたようで、他の貧しい人のことを実はちっとも考えてないような印象を持ちました。

結局のところ一番の悲劇は親に売られゲリラに利用された少年の死ですね。
bg | 2007/05/24 11:14 AM
勉強になりました。
ただ、政情不安定な国はだいたい元首脳は逮捕されてますから、どこまで・・・と思うのですが「喉仏」の話と「一度逮捕されてから」というのが本当だったら酷い話です。少年の話は可哀想な話なのですが・・・「殺さなかった=助けた」は言い過ぎかなとも思います。
bitter | 2007/05/24 01:12 PM
皆さん、コメントありがとうございます。
ちょいとまた時間なくて、ピンポイント・レスになることをお許し下さい<(_ _)>

sssさん:
ご指摘の箇所、こちらでもう一度聴きましたら、確かにおっしゃる通り「ダシに」と聞こえましたので、修正しておきました。また何かお気づきの点がございましたら、ご指摘いただけたら幸いです。ありがとうございました(^o^)

Aaaさん:
成りすましはアメリカの国会議員ではあり得ない、ホンダが日系ではないと言っている人たちはアメリカ社会を知らないのではないかという話を、日系米国人の方からお聞きしてます(ホンダ登場からあまり間がない頃に)。理由はよくわかりませんが(私は日本人のメンタリティーによるものと理解していますが)、どうしてもホンダを別の民族だとしたい人たちがネット上に一定数いたみたいで、この米国人の方の話を紹介した後、私もいろいろ批判されました。「その米国人こそが成りすましではないか」というメールまで来ました。「ホンダが日系というのは嘘です。米国在住の友人にホンダの出自を調べてもらっている。わかったら結果報告します」というメールももらいましたが、それっきり連絡なしです。もしほんとに日系でないのであればとっくに産経の古森さんあたりが暴いてるのでは?と私なんかは思うんですけども(^_^;。日系人だろうとなかろうと、反日の人はいるわけで、純粋な日本人でも一線を越えてる議員はたくさんいますしね(T^T)

タマネギ愛国者さん:
>>「長崎、広島は日本人にとってよかった」などど公言してはばからない言動
>恐ろしいことに、意外といます…
私も20代半ばぐらいまではそう思ってたし、言ってました。就職試験の集団面接で、「原爆落としてくれたおかげで戦争が終わって良かった」という趣旨の発言をして、面接官の当時50代ぐらいの男性に「物事にはいろんな面がある。あなたは一つの面からしか見ていない。それはすごく危険なことだと思う」という意味のことを返されたことを覚えています。若気の至りとは恐ろしい……(T^T)
くっくり | 2007/05/24 01:25 PM
くっくりさん、いつも丁寧な解説ありがとうございます。
昨日の青山さんはたまたま見てたんですが、知らない事が多く、思わずもらい泣きしてました。
本質を見れない理由には、多くの一般人(テレビや新聞で報道知識を得る人)がマスコミの情報に左右される事も大きいと思います。
何年か前に、ロシアで小学校たてこもり事件がありましたが、テレビや新聞では、テロリストの行動としか報道されませんでした。でも、ロシアに弾圧された少数民族側から見ればテロという事だけで済まされないのではないか。。 このロシアの事件が、ペルー事件とダブりました。小林よしのり氏も、昔ペルー事件を加害者側からの視点で描いてました。(違ったかも)

関係ないですが、くっくりさんはスカパー加入されてますか? 桜チャンネルが無料チャンネルで見れるため、毎日夜は桜チャンネルです。
昨日の桜チャンネル番組中、温家宝来日の際、国会で議員達が拍手喝さいの中、麻生太郎氏は拍手しなかったと話が出てました。〈拍手するような事言ってねえよ〉と言ってたとか。笑
もしガイシュツでしたらスミマセン。
yum | 2007/05/24 01:58 PM
書き起こし、いつもいつもありがとうございます。
フジモリ氏については、青山さんのような批判的な評価と、逆の評価に分かれますね。逆の評価はネットで見たものなので真偽のほどは確かではありませんが。
だから、どういった政策を行っていたのか、本当にODAなどの援助を着服していたのか知りたいです。ただ、人質事件のあの決断力を見ると、当時も、日系人とはいっても外国人だなという印象を抱きました。
あと武力突入は間違いだったという青山氏の意見には疑問を感じます。確かに、日本人全員死亡という危険もあったかもしれません。
でも、銃を持ち人質を取って立てこもった相手に対し、他にどんな有効な手段があったのか。テロの原因が仮に政権や政策にあるとしても、一般人を巻き込むテロは許されないと思うし、あの場合は、武力突入しかなかったと思います。
なつなつ | 2007/05/24 03:45 PM
いろんな話が一緒くたにされているので、切り分けながら考える必要がありますね
私は当事件やペルー政局に特別関心があるわけじゃないし、番組も見ていません。あくまで通りすがり、上のテキストのみで感じられたことを、意見させてもらいます。

>その人質の方が当時僕に証言してくれたのは、『青山さん、あの少年の指があと少し動いてたら、我々は全員死んでたんだ。フジモリに助けられたんじゃない』
>『日本人を助けたのはゲリラの少年』

あほですか?こういう方はきっと撃たれた方が良かったのではないかと思います。(政治判断はどうあれ)命がけの突入部隊のおかげで解放されてのですよね。4ヶ月拘束された72人のうち、何人がゲリラ少年に感謝してるんだw

青山氏はいったい何に号泣してるんだろう
テロリストを不当に処分したから?フジモリ氏が日本人救出をダシにしたから?そんな「真実」を日本国民は少しも知ろうとしないから?10年経ってようやく動き始めたような国家シークレットを泣きながらわれわれ大衆にぶつけても、それは無理があるのではないですかね、さすがに。
ロンド・ベル | 2007/05/24 05:18 PM
ブッシュやチェイニー氏が横田夫妻と面会してくれるのは、「真心」から救出を願うからでしょうか。無論、外交戦術なんですよね。対日的にも対朝的にも(さらには対中的にも対米議会的にも!)。
日本が開発途上国に援助するのは、もちろん子供たちの笑顔と未来のためであるべきです。だけど現実はそれ「だけ」ではない。汚職不正で善意が役人の懐に消えてしまうことが、万一あったとしても、なら無駄だから止めてしまえ、などという単純なことではないのです。まず政府としてアクションを起こす(=証拠を残す)ことが重要なのだから。マスコミのヒューマニズムで解明できるほど世界はヌルくないということです。もちろん健全だとは思えないし、気持ちよくもありません。しかし、私にできるのは、世界はそのようにして動いている、という現実を知るだけです。そして、それが現実である以上、その中で少しでも賢く狡猾に、だけども日本的な気品を持って、日本外交を展開してもらいたいと望むだけです。個人として、そういうビジョンを感じさせる政治家に投票するだけです。

だから、このような記事を読んでも「やっぱりな」と思うだけで、別に泣くほどのことではないように思います。(幸い身内に被害者はおりませんでしたし。)
後半、感極まっているのはわかるのですが、何がいいたいのかわからないんですね。「不当に殺傷されたテロリストの人権」ですか?「ペルー国情、子供たち(あるいはロシアや中国など抑圧政権)に関心を持とう」でしょうか、『この日本という国のあり方をどうにかしないとダメだ』っていうのは、日本として国際社会での正義の発言権を確立すべきだ、っていう意味ですか。(もちろんその際確固たる軍事力が必須になりますが。)

私も自身の無知は理解しているので、ぜひきっちりと著書を拝見してみたいと思います。
ロンド・ベル | 2007/05/24 05:18 PM
日系人はあくまで日系というだけであって、中身は完全に移民先の人間です。日本人側が一方的に親しみを持つと、顔つきが似ている特アと同じで痛い目に遭うこと間違いありませんねw
逆に、そこが特アの移民と違ってよいところでもあると思うのです。移住先でも「オマエはどこの国の人間だ?!」のような行動をする民族になってはなりません。
人質事件については、世の中人間社会で生きている以上きれいごとでは済まされません。
むしろ問題は「日本は平和じゃないと…」にあるようなことを、政府レベルで考え、実際にやっちゃってることです。だから、お花畑や在日のような連中につけこまれるのです。
| 2007/05/24 05:36 PM
フジモリ氏を批判する気にはなれません。南米で現状を変えようとしたら、生易しいことは言っていられません。生きるか死ぬかの戦いなのです。青山さんは日本人的な視点でものを見られていると感じます
私は家内が南米の人間ですが、裁判でもお金のあるものが勝ちます。社会のすべてがそうなのです。その中で改革を進めようとすると強権的にならざるを得ない。そうしなければ、改革どころか自分が消されてしまうのです。
私の家内はもちろんフジモリファンです。自国に来て改革して欲しいとまで言っています。
通りすがり | 2007/05/24 06:32 PM
いつも丁寧な書き起こし、ありがとうございます。
青山氏の涙は、本物でしょう。
でも私は、フジモリ氏を一概に責める気にはなれません。
ペルーの悲劇は、実は現在の世界全体を覆っている共通の悲劇でもあります。
中東の混乱や自爆テロもこれと同根です。
ところで、以前フジモリ政権の後に組閣した政府の集合写真を見て、とても驚いたことがあります。
なにしろ大統領以外の人物がすべて白人なのです。
しかも、この面々は政治家には程遠い、実業家の面構えでした。
ペルーはスペイン人に植民地支配された時から悲劇の連続でした。
これは多くの植民地支配された先住民を襲った悲劇であり、独立後も長く続く後遺症でもあります。
そういう意味で、江戸末期以降、植民地にされない為に全力を尽くした我々の祖先の選択は、まことに正しかった。
もしも祖先が違う選択をしていたら、現在の我々の幸せはなかったでしょう。
最後に、引き金を引けずに思いとどまった見張り役の少年の誠心には、やはり一掬の涙がこぼれます。
ニッチ | 2007/05/24 06:54 PM
http://kuwadong.blog34.fc2.com/blog-entry-541.html
>MRTAメンバーの少年・少女達は
>人質達との交わりが深まり、いろいろ教わり、
>敬意と親愛の情を抱くようになり、
>人質の命を奪えなくなってしまったのであった。

>MRTAメンバーの少年・少女達の死を知った人質の中には
>心に大きなトラウマを抱えた人もいたという。

自分は小倉氏の著書は読んでいないし、ペルーの実情も知らないし、フジモリ氏の是非、武力突入の是非にも言及できませんが、上のサイトを読み、『日本人を助けたのはゲリラの少年』と人質が主張する気持ちだけは、何となくわかるような気がしました。
くっくりさん、興味深いテキストをありがとうございました。
蒼々 | 2007/05/24 07:19 PM
青山氏の提起に対する賛同や非難が見られますが、これだけは言っておくべきでしょう。
少なくとも日本の左翼と違って、発展途上国で、現在も左翼ゲリラがはびこり、人権問題が生じている理由は主に二つ
.哀蹇璽丱螢次璽轡腑
中共の毛沢東思想
悪の根源は
アメリカと中共といっても過言ではありません。
特に中共。
明らかに革命を輸出しているにもかかわらず、それを否定している。とんでもない国です。
dasein | 2007/05/24 07:45 PM
つづき
昔から、欧米の人権運動では、共産革命や、中国の人権問題を主に取り扱ってきました。(例えば、U2が「No Revolution! Human Lights!」と叫んだり) なぜ、日本の人権思想家は中共の人権問題を提起しないのでしょうか。
dasein | 2007/05/24 07:48 PM
少年が助けたのか? ということについては、4ヶ月もあったんだから、見張り役と交流があり、いろんな話をしたと思います。人質を撃つのか? と聞いたこともあったでしょう。
 
青山氏が泣いたのは、ペルー人の極貧生活。それと『この日本という国のあり方をどうにかしないとダメだ』と、「その10年の真実を、どうして知らないでいいんですか」という3つかな。日本の有様に重点があるように思います。
 
私はフジモリ氏のやり方がえげつないとも思いません。殺したのも金を着服したかもしれないことも、あのあたりじゃ普通じゃないでしょうか。とはいっても実情は知らないのですが。途上国は、先進国が束になってかかっても改善できるのかどうか怪しいと思います。
 
日本人の考え方の問題、この国のあり方については、こないだの愛知長久手の場合、撃たれた警官が5時間半も放置されて、それを真っ向から批判する意思は国民にはないように見えます。犯人が大切なんでしょうか。人が倒れて死に掛けてるかもしれないのに放置ですか? 日本人の感覚はどこかおかしくなってると思います。
 
「その10年の真実を。。。」は、教えてもらわないと知りようがないです。だから、マスコミの問題です。テレビもドラマを作るくらいなら報道番組を作って。。。左翼脳で作られてもこまるしね。
koku | 2007/05/24 08:41 PM
人質が解放されたときのことを覚えていますが、当時の青木大使は記者会見のときに葉巻を吸っていて、そのことでずいぶんと反感を買いました。しかも確か、毎日麻雀をしていたと言ったんじゃ無かったかと記憶しています。おまけにこの事件で初めて一般国民は大使は赴任国では閣下と呼ばれているもしくは呼ばせていることを知ったと思います。
外務省のヒトたちはいわゆるお公家さん集団ゆえ、修羅場を自力で脱することはできなかったし、これからもできないだろうと思ってます。
すらり | 2007/05/24 10:12 PM
くっくりさん、こんばんは。ご無沙汰してます。
「ペルーの日本大使公邸人質事件」、何年か前に(どこの局かは忘れましたが)事件を検証する番組が放送され、その中で、当時人質となられていた方々の証言に基づいた再現映像がTV画面に映し出されていました。人質のすぐそばにいた少年の「だけど引けないまま彼は後ずさりしていって、部屋から出て廊下に出た」場面をよく覚えています。「助けた」とまでは言えないかもしれない。でも彼は「殺せなかった」と。そのとき「ストックホルム症候群」という言葉を知りました。
なにしろ何年も前のことですので、実際どんな主旨の番組だったかさえ思い出せないのですが、ゲリラの中の何人かと人質の方々との奇妙な共同生活・交流、事件の結末...切れ切れの映像記憶ですが、公邸突入時、少年が銃を手にしたまま発砲せずに部屋を去っていく映像は今でも鮮明に記憶しています。
それと同時に心に浮かぶのは、全く正反対のこと。事件が起きたのは日本ではない、南米・ペルーという国。フジモリ氏の決断と取った手段の善悪は、日本人に判断はできないと思います。彼の言う『どこの世界にそんな国があるかと思った』は、ペルーから見れば、当時の日本と日本政府の要求は非常識極まりないことなのかもしれない。日本が要求した「平和的解決」は正論だとしても、世界中すべてが正論で治められるとは限らない。「平和的解決」は、「(内実はどうであれ)平和な国」
だけが享受できるのかもしれない。
この事件を思い返すたびに、とても複雑な心境になります。
Freezia | 2007/05/24 11:47 PM
おはようございます

「悪徳不動産屋の独り言」というブログの管理人poohpapaと申します。初めまして。

「日本が好きで何が悪い!?」さん繋がりでいつも拝見させて頂いております。

この記事、涙なくしては読めないもので、とても感動しました。一人でも多くの方に一緒に考えてもらいたいので、私のサイトの記事中にリンクを貼らせて頂きたいのですが、ご了解頂けましたなら有り難く存じます。

最後に、いつも丁寧な「記事起こし」をなさっていらっしゃることに最大限の敬意を表します。

これからも楽しみにいたしております。
poohpapa | 2007/05/25 05:36 AM
ODAを食い物にしてきたのが自民党の経世会で金権政治が行われていたわけですが、その腐敗体質を変えようとして小泉さんが「自民党をぶっ壊す」をスローガンにして登場しました。中国に対するODAの2008年廃止は実績の一つですが、その断ち切った流れをもう一度引き戻そうとしているのが河野洋平です。

参院選挙で自民党が多数を取った後に安倍総理の本当の姿がわかるはずなので注視したいところです。
河野洋平や二階敏博のような媚中議員をどう処遇するのか、公明党との連立政権をどうするのかも見ものです。

すれ違いですが、
証言者の発言を容易く信用してしまう方が多いので次の動画を紹介します。
中帰連・撫順戦犯管理所洗脳プロセス(南京関連)
http://www.youtube.com/watch?v=RAdq0kAn24o
オレゴン | 2007/05/25 06:30 AM
 くっくりさん、いつも書き起こしお疲れ様です。 
 私は、この事件は、フジモリ大統領は貧困層の支持が高く、
 支持基盤を切り崩されつつある反体制派の焦りから犯行に及んだと聴いていたので
 (大統領は富裕層の味方であり、貧困層の敵であるという設定ほうが都合がよい)
 日本人は権力闘争に巻き込まれたようなもんだ、えらいとばっちりをくったなあと、
 軽く考えていました。 当然それは何かのTV番組の影響なのですが。
 ですが、今回の記事でこの事件の内面、また日本が抱える問題を知ることができました。
 自分ももう少し、物事を深く、かつ多面的に考えるクセをつける必要があると痛感しました。
 コメントされている皆様の御意見も含めて、とても勉強になりました。
kaka | 2007/05/25 07:34 AM
皆さん、コメントありがとうございます。
レスをなかなか付けることができず申し訳ありません。いただいたコメントは全て拝読しています。
今回は賛否両論、様々なご意見を拝読できて、私自身大変勉強になりました。
一つだけ言えることは、青山さんが今回テレビで取り上げてくれたことにより、視聴者が10年前のあの事件をもう一度考えてみるきっかけが出来て、それはきっと大きな意味があるのだろうと。

yumさん:
「新ゴーマニズム宣言」で描かれてましたよね。ちょこっと探してみたら4巻に載ってました。でも加害者側の視点というよりは、突入の時に国のために亡くなったペルー特殊部隊員の視点のようです。ゲリラの少女(ここでは少年ではない)については「アルバイト感覚で参加した」と批判的です。他に、「テロリストに対しては同情は無用」「裁判なしの全員殺害もやむを得ない」「テロをやる者は死ぬ覚悟でやれ」という感じです。
残念ながらスカパーは未加入です。桜チャンネルがなくなったものの、別の無料のチャンネルの夜の部分に入ったとかで、かえって視聴者が増えたのではないかというお話は聞いています。

poohpapaさん:
>私のサイトの記事中にリンクを貼らせて頂きたいのですが
リンクフリーですのでどうぞご随意に(^o^)
くっくり | 2007/05/25 12:53 PM
いつも読ませてもらっていますが、初めてコメントさせて頂きます。
いつもは大体青山さんの意見に賛成ですが、今回はチョット偏ってるかなと思いました。理由は下記に

1、
>『フジモリ大統領は日本人が死ぬことを前提に武力突入した』

強行突入で人質が死ぬかもしれないと予想することは普通ではないでしょうか?
それを「〜を前提に突入した」と強調している点

2、
>銃撃戦があるということは、必ず2階に聞こえてしまうから、必ずこの少年は撃つであろうと、フジモリ大統領は判断してたんです
>このへんの盗聴マイクがいつも仕掛けられていたので
>実はこの少年は、さっきゲリラと言いましたが、実際はほんの子供で、アマゾンのジャングルに住んでて、親が50ドルをさっきの主犯格から渡されて、50ドルで売られた子供です

これ矛盾していませんか?盗聴器があって、見張り役は少年と分かってて、
その少年は進んでテロリストになった訳じゃないって知ってるのに
なぜこの少年は撃つだろう判断したと言い切れるのでしょう?

3、
>推定14〜5才の少年がいて、その少年のおかげで日本人は全員助かったんです。

上のほうの方も書いてらっしゃいますが、殺さない=助けたは言い過ぎではないでしょうか?

4、
>実はトンネルはあの大使公邸、国民の税金で造った住まい、その下に7本のトンネルを造ったわけです。

ここでわざわざ「国民の税金で作った住まい」って入れる意味が分かりません。

5、
>トンネル掘るしかない。トンネル掘るには最低4カ月かかる。その4カ月をどうやって保たせるか。あ、日本を利用すればいいんじゃないか、と。日本と平和的交渉をやってれば、テロリストも油断する。その間、時間が稼げる
>すなわちトンネルを掘るために、この日本国はダシにされたんです。利用されたんです。

利用されて何が悪いのでしょうか。
日本人を助けるためならこれぐらいは問題ないでしょう。(実質的にはなにも損はないのでは?)

6、
事件の事(解決の仕方)と貧困は別問題だと思います。
テロ事件とペルーの貧困対策と汚職を全部ひっくるめて話していて何に怒っているのかイマイチ掴めません。

7、
>そうです。あえて名前出すと、小倉さんという方が外務省の職を捨てて、この事件を批判して辞めた人が、証人申請されてますから、彼の勇気が出るようにみんなで応援してやって下さい。小倉さんをペルーに送れるように

よく読むと分かるのですが、今回出てきた
「少年に助けられたと言った人質」
「日本政府とペルー政府の交渉内容を渡した退官した外務省高官」
「テロリストが生きているのを見て今回の裁判で証言をする人質」
は全部同じ人物です。恐らく下記の発言をした人物もそうではないでしょうか?

>この国は(号泣)。日本人が助かったらそれでいいんですか。日本人の人質の方々、助かった方々が僕に、『青山さん、私たちは、自分が助かっただけではだめだと思う』と。『この日本という国のあり方をどうにかしないとダメだ』と10年間僕に言ってきた方がいる

で、この「小倉」という人物を調べてみると、
>当時、日本大使館の1等書記官で人質だった小倉英敬氏
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070519-00000032-mai-int

で、「小倉英敬」で調べると
>小倉英敬氏(八王子憲法9条の会事務局長)
http://peace-8.hp.infoseek.co.jp/action/hossoku.htm
>[インタビュー@・特別編]
検証・日朝首脳会談●外交の“カード”と“対話”
――日朝交渉を“封殺”しないために──小倉英敬さん
http://www.nippyo.co.jp/maga_housemi/hg0211.htm
ピースボートと共同で記者会見
http://www.peaceboat.org/info/news/2002/020109.html

などなど、一癖ある人物です。
この人物を信用していいのでしょうか?

いつも冷静な判断をされている青山さんが好きなんですが、
今回は少し感情が入って冷静な判断が出来ていないように感じました。
あまりにもおかしな所が目に付き、つい書き込んでしまいました。
長々と失礼いたしました。
hiro | 2007/05/25 10:18 PM
すいません。ひとつ書き忘れてました。

8、
>フジモリ大統領は日本人が死ぬことを前提に武力突入した
>つまりフジモリ大統領は、日本人を助けるために武力突入したんじゃなく、日本人は武力突入したら必ず死ぬと。違う目的のために武力突入したんであって、日本人を助けたのはフジモリさんじゃない。
>フジモリ大統領は、この人は天才的な政治家だから、あるアイデアを思いついた。すなわち、すでに大使公邸の構造を調べてて、これ、人質2階に上げられたらどうしようもないと。外から入っていくだけだとどんどん殺されていくだけだから、トンネル掘るしかない。

2階に上げられたらどうしようもないと思ったのに、その解決策がトンネル(地下から)?

外からだけだとどんどん殺されるからトンネルを掘った・・・人質救出が目的じゃなく犯人皆殺しが目的じゃなかったの?

そもそも特殊部隊って屋根からも突入してなかったっけ?


本当に今回は矛盾だらけです。
なんか悲しいです。
hiro | 2007/05/25 10:40 PM
hiroさん、丁寧な分析ありがとうございます。
この事件については私は本当に勉強不足でよくわからないので、何とも言いがたいのですが、いっぺん青山さんに直接疑問をぶつけてみていただけませんか?
http://blog.goo.ne.jp/shiaoyama_july/
コメントに対しては稀にですが返事をくれることもあります(後日エントリーの中で答えるという形で)。
くっくり | 2007/05/26 01:12 AM
hiroさんのご指摘、皆さんの批判にほぼ同意。

 確かに、屋根(一部爆破?して)からも突入し、屋上の人質避難映像を見た記憶あり・・・当然に経路計画してたかも。
 
 テロ行為そのものに対して復仇が禁じられている時代に、テロ実行犯に対する見せしめ的な残虐行為は許されない。
 と言いつつ、米がテロリストの交戦資格を認めず、不当逮捕・虐待を行っている実態と比較すると、理解出来ると言わないまでもペルーのゲリラ対策の方がより切実。
 
>その少年は進んでテロリストになった訳じゃないって知ってるのに
なぜこの少年は撃つだろう判断したと言い切れるのでしょう?
 
 テロリストなら必ず人質を射殺するよう命じられているので、「撃つ」という前提は誤りではないけれど、撃たなかったから「少年が助けた」は誤り。
 進んでなった訳じゃないテロリスト・・・云わば「広義の強制」の被害者に対する同情と、テロ犯罪・実行行為そのものに対する反撃なり懲罰は別問題。
 テロ行為とは戦いつつ、テロリストが生まれる社会情勢なりに同情しないと、長期的にはテロが増えるかも・・・という面では青山氏に「同情」しない訳でもない。
 
 会見のタバコ問題で叩かれた青木大使。人質側の最高責任者としてゲリラと交渉、剛腹な大使という扱いだったのが、解放直後のハイ状態「会見中の態度がデカイ」ってどうか。

 長久手の立て籠もり事件の責任者、「もうだめだ」交信が途切れた巡査部長を3時間放置・無策状態で有能なSAT隊員を殺されておいて犯人に「ありがとう」発言するくらいだから、会見に出てきたら「マスコミ受け」確実かも。
福原 | 2007/05/26 02:58 AM
テキスト起こし、いつもお疲れ様です。そして、コメント中の批評も興味深く読ませて頂きました。

こういう「冷静になってからの検証」は、いろいろな影響を受けやすいメディアの中でやるには多少無理があるのかな、と感じます。やらないよりはマシですが、「新しい見解」程度に扱わないと、私なんかは混乱してしまい、大変です。

銀河英雄伝説ではありませんが、「後世の歴史家の判断」という辺りまでこなれて来るにはもっと時間が必要だと言うことではないでしょうか。その1コマが青山氏であり、小倉氏であると・・・。

ここのコメントを寄せてくれた方々が求めているのはすでに「インテリジェンス」の領域である情報だと感じます。佐藤優氏の言う所では、全世界的に民俗学のフィールドワークをやり続けるようなものです。出来る範囲で図書館等に出向き、ネットをあさり、マスコミの一次情報を疑い、終わりのない出口を求めてさまよい続けるか、すべてを封印することしか安心できる道はないかもしれません(^^;。

なにまとめてるんだ、と言うツッコミは出来たらなしでお願いします(^^;。
クマのプータロー | 2007/05/26 01:39 PM
今回の話は全く共感を持てませんでした。ゲリラの少年がどうやって人質を救ってくれたのかと思って読んでみれば「引き金を引かなかっただけ」…、脱力しました。
彼はテロリストに売られた子供である、それはそうなんでしょう。しかしならば批判は子供を買ったテロリストに向けられるべきです。
また貧困は一朝一夕に一掃できるものではありません。日本のODAだけで全世界の貧困国の国民を養えるでしょうか。たまたま目の前にいた貧困層を取り上げて対外援助や貧困対策を全否定するのは、いわゆる”サヨク”のやり口と変わらない汚いやり方だと思います。
あおい | 2007/05/26 05:50 PM
「ペルー日本大使公邸人質事件」、もう10年たつのですね。当時TVニュースを毎日注目して見てましたが、私が見た範囲の日本のマスコミ報道は、ペルー社会の貧困の実情や日本外交官の問題点をきちんと指摘していた印象があります。日本人の人質は全員無事でしたが、救出後のバスの中で勝ち誇ったようなフジモリ大統領の表情に、何かしら違和感を持って見た記憶もあります。
当時救出された人質の一人、丸紅のリマ支店長だった斎藤慶一氏の著書『ペルー日本大使公邸占拠事件 人質127日』が事件後に出版され、すぐに読みました。ペルーの貧困がいかに根深いか、日本社会がいかに優しいか冷静に分析した部分もありましたが、私には「日本の常識は世界の非常識」という言葉を彷彿とさせる著書だったと記憶しています。

以上、私もあおい様と同様、今回の青山氏の発言にはいささか共感を持てません。異国の貧困もさることながら、現在は日本の地方貧困の現実にもっと目を向けるべき。日本は確かに今でも経済大国ですが、確実に格差社会が拡大しつつあります。私は地方在住ですが、ホームレスは公園に増加。商店街はあちらこちらで閉鎖。求人率も低く低所得の地方都市はこのままだと生活保護受給の老人が増加。一般老人に対しても福祉削減に年金減少。深刻な状況です。大都会にだけ目を向けていては今の日本はわからない。青山氏の発言は私にとっては今ひとつ説得力なしでした。
くっくり様のテキスト起こしに感謝しつつも、今回は熱い人青山氏に対し多少異論ありでした。
長々と勝手な感想ですみません m(。`。)m
山桜の君 | 2007/05/27 01:50 PM
皆さんの解釈は早急なように思えます。

私は、その少年の心の内まで理解は出来ませんが
解釈の仕方でかなり変わるように思います。
「撃たなかった」のか「撃てなかった」のかです。
青山氏は前者の言葉を使っていますが、仮に後者であったならば内容が変わってくるように思われます。
そのときの少年の態度や顔の表情は、人質としてそのときその場に居た日本人にしか分かりません。

その場の空気はその場に居た人間にしかわからないのです。
もちろん、青山氏はじめ我々も分からないのです。
私は、裁判内容を含めた情報が入らない限り判断は出来ません。

恐らくアンカーのことですから裁判の内容に関して追跡取材を行うと思います。
そのとき更なる真実がわかることかと思われます。


※日本語の解釈の仕方は難しいですね。
heys | 2007/05/28 02:46 AM
hiroさんの指摘にほぼ同意します。
そもそも見張りが少年兵の時だからこそ突入したという意見が当時からありました。
「なにも今更」な内容ばかりです。

逆に
>当時、日本大使館の1等書記官で人質だった小倉英敬氏
のうさんくささが浮き彫りになってますね。

この逸話をわざわざTVで取り上げるとは、カウンタープロパガンダですな。
nnZ | 2007/05/28 09:06 PM
hiroさんのコメントまでたどり着いてほっとしました。
海亀日記 宮内勝典さんから全文引用 長文注意
http://pws.prserv.net/umigame/diary12.htm
途中で切れると思いますので、February20,2003  February22,2003 をご覧ください。

February 20,2003

イラク戦争や、北朝鮮のことなどが切迫しているとき、遠いペルーの出来事について、長々と記さなければならない。これは果たさねばならない、ぼくの義務だから、どうか勘弁してください。

 2000年11月17日の「海亀日記」で、ペルーの日本大使公邸占領事件とフジモリ元大統領について、ぼくは次のように書いた。

「テレビを見て気づいた人もいると思うが、政府側はフジモリ大統領以外、スペイン系の白人だらけだった。政府軍の下っ端の兵士たちは、メソティーソ(混血者)が多かった。人種や、混血のグラデーションが、そのまま階級になっていた。悲しいけれど、それが現実なのだ。
(中略)
 どうか、思いだしてほしい。ペルーの特殊部隊が日本大使館に突入して、ゲリラを殲滅(せんめつ)したとき、ゲリラ兵士たちはそうしようと思えばできたはずなのに、人質を一人も殺さなかった。最後の混乱のさなかに、女性のゲリラ兵士が銃を突きつけてきたけれど、彼女は撃たなかった、と人質たちも証言している。
 ゲリラ兵士たちが人質を殺そうとせずに死んでいったことに、ぼくは救いを感じていた。そのことの深さにくらべて、得意満面で勝ち誇るフジモリ大統領の浅薄さに失望した。施政者として当然の選択であろうが、その結果に、もう少し深いニュアンスが欲しかった」
             (『裸の王様、アメリカ』に収録。64頁)

 テレビに釘付けになって事件の推移を見守り、ついに決着がついたとき、フジモリ大統領の勝利宣言を聞きながら、そのように感じたのだ。せめて殺されていったゲリラたちに対して、かれらもまた犠牲者なのだという一言ぐらいほしかった。そして、2000年11月25日の「海亀日記」に、つづけてこのように書いた。

「つい七日前に、フジモリ大統領について記したばかりだが、罷免されて、いま東京にいるそうだ。日本に亡命するらしい。ペルーと日本の二重国籍の可能性もあるという。引きぎわを誤った権力者は、みじめなものだ。
 ペルーのアンデス山脈を歩いていたとき、先住民たちの貧しさに胸のつぶれそうな思いをした。一人のインディオが、四角な石にラジカセの絵を描き、SONYと書き込み、その石を持ち歩いているのを見たとき、涙が出そうになった。そんな先住民たちがフジモリ大統領にどんな夢を託していたか想像がつく。
 岸田秀氏はフランスのストラスブール大学に留学しているとき、若いフジモリ氏と寮で一緒だったそうだ。フジモリ氏は、インディオたちがどれほど差別され、貧困に苦しんでいるか、いつも熱っぽく岸田さんに語りつづけていたという。そんなフジモリ大統領に、ぼくも期待していたのだが……。
 吉田兼好は「徒然草」に、こんな意味のことを記している。
『人の志も頼むべからず。かならず変ず』」
                       (同書 70〜71頁)

 フジモリ氏が大統領に立候補したとき、「インディオの夢」という小文を「東京タイムズ」に書いて、フジモリ氏支持を表明した。「東京タイムズ」は廃刊になってしまったが、その小文はエッセイ集『この惑星こそが楽園なのだ』(講談社 1991年)に収録されている。日本語で、日本の新聞に書いても、遠いペルーの大統領選挙には何の影響もないとわかっていながら、そうせざるを得ない気持ちだった。

 人種がそのまま階級となっているペルー社会の現実を見ていたからだ。先住民のインディオたちは、差別され、目をおおわんばかりの貧困のなかにうち捨てられている。読み書きを学ぶ機会さえなく、海抜4000メートル近い高地に見捨てられているのだ。日系人のフジモリ氏なら、先住民にシンパシーを抱いて、手をさしのべてくれるのではないかという期待があったからだ。

 そのような経緯があったせいか、フジモリ大統領が日本大使公邸占拠事件のとき、ゲリラたちを殲滅して、得意満面で勝ち誇る姿を見てがっかりしてしまったのだ。あのゲリラたちが先住民の血を濃くひいている人たちであることは明らかだった。さらにフジモリ氏が「公金を横領した」という理由で大統領を罷免されたとき、さらに深い失望感を抱いた。

 それまで、ペルーに詳しいジャーナリストから「フジモリ大統領は独裁的ではあるけれど、クリーンだよ。クリーンな独裁者なんだ」と聞かされていた。

 だから報道を鵜呑みにしていいかどうか迷いはあった。だが、もしも潔白ならば、すぐペルーへ飛んで帰って、法廷闘争をやるべきではないか。暗殺される恐れがあるだろうが、身の潔白を証すためには、リスクを冒すべきではないか。日本にとどまっているのは、やはり報道されていることが事実なのだろうと思わざるを得なかった。そうして、前述のような感想を日記に書いたのだった。

 ところが単行本『裸の王様、アメリカ』に収録されているその部分について、岸田秀さんから抗議の手紙があった。新聞報道を鵜呑みにしすぎている、という厳しい叱責の手紙だった。温厚で、いつもユーモアに満ちている岸田さんが、怒っておられる。初めてのことだ。

 ぼくは急いで『アルベルト・フジモリ、テロと闘う』(アルベルト・フジモリ著 岸田秀訳 中公新書ラクレ)を読み始めた。

「共産主義の思想家や地政学者は、ゲリラ戦とか、またはそれなりの民主的なやり方とかを通じて、まず最初の戦略として民主主義の土台を揺るがし、不安定にする。ラテン・アメリカにおいて、その最初の実験を行ったのはチェ・ゲバラであった。さらに、「人民戦争」は、ペルーなど多くのラテン・アメリカ諸国であらゆる社会不安の要素を素材として『燎原の火』のように広がったのであった。
 テロリズムは何の下地もないところで突如発生するものではない」
        (『アルベルト・フジモリ、テロと闘う』20〜21頁)

 以前は、ここまで読みかけて本を閉じてしまったのだ。為政者の目には、チェ・ゲバラでさえ、ただのテロリストと見なされてしまうのかと苦い思いが湧いてきたからだった。それにぼく自身、ニカラグアのゲリラ兵士たちと、熱帯雨林の戦場で共に暮らした経験があった。あの貧困のなかで独立を求めるインディオたちの闘いさえ、為政者にはテロリズムと見なされてしまうのかと憤慨してしまったのだ。

 9.11以来、権力にあらがう者たちに「テロリスト」というレッテルが貼られていく風潮を苦々しく思っていたことも一因だった。だが読みつづけていくと、南米のテロがどれほど無慈悲、残酷なものであるか、おぼろげながら実状が浮かんできた。

 テロリスト・グループと目される「センデロ・ルミノソ」や、MRTAは、ぼくたちがチェ・ゲバラから連想する革命集団とは、まったく異質であるようだ。十五年間に、二万五千人の命が奪われている。その死者たちのなかには、先住民インディオも多くふくまれている。先住民の村々を支配・蹂躙していたのだ。村人たちは竹槍のようなもので自警団をつくり、政府から銃を借り受けて「テロ集団」に抵抗していたと記されている。

 ニカラグアでは、ゲリラ兵士たちは密林の村々で手厚くもてなされていた。ゲリラが武装しているから嫌々従っている、とは思えなかった。先住民の意志を代表して戦っている集団だとみなされていた。掛け値なしに、そう見えた。事実、そうした村々で志願兵はいくらでもいた。だが持たせる銃がなかった。木を削っただけの、むろん弾など出やしない銃をかついで参加してくる若者さえいた。14歳の志願兵もいた。17歳の女子高生もいた。

 だから、アンデスの先住民たちも「センデロ・ルミノソ」やMRTAを支持しているのではないかと思っていたが、それはぼくの思いちがいだったようだ。

「センデロ・ルミノソ」やMRTAは、弱者の側に立とうしているのではなく、麻薬(コカイン)の利権にからむ武装集団といった面が濃かったようだ。タイとビルマの国境、「黄金の三角地帯」と呼ばれるケシの一大産地を支配していた武装集団のようなものと考えるのが、実体に近いようだ。

「熱帯雨林の戦場は複雑で困難な地域である。あるところに先住民の村があって、四万人の先住民がいたが、二万人に減ってしまった。センデロ・ルミノソが支配し、住民を搾取し、奴隷のように扱っていた。(中略)テロリストは先住民社会に食糧と女の調達を強要していた」
                       (前掲書 155頁 )

 ケチュア語を母語とするアンデスの先住民たちが、フジモリ氏に語ったことも記されている。「センデロ・ルミノソ」の一隊は何人かの農民たちを殺害し、斬り落とした生首をボールにして、村の広場でサッカーをして遊んだというのだ。かれらはマオイスト(毛沢東主義者)のグループであるが、チェ・ゲバラのような高潔さも、虐げられた民への共感も乏しかったように思われる。コカインという莫大な利権がからんでいたせいだろうか。

 ペルーでは学生たちまで武装して、自動小銃を携え、大学の構内を闊歩していたそうだ。80年代の末期には、ほとんどの国立大学がテロリストたちの塹壕のようになっていたと記されている。

 そのような危険な状況で、テロ撲滅を掲げて立候補したフジモリ氏にとっては、「センデロ・ルミノソ」MRTAと闘うことこそが、使命だったのだろう。日本大使公邸を占拠したMRTAを殲滅したあと、フジモリ氏があれほど勝ち誇っていたのは理由があったのだ。

 為政者としてのフジモリ氏に、ぼくはいくつか違和感を抱いていた。政治手法が独裁的であったこと、憲法を改正してまで大統領の三選を行ったことなど、共感することができなかった。

 だが日本大使公邸を占拠したMRTA党員13人を殲滅して、高らかに勝ち誇るフジモリ氏を「浅薄」だと決めつけたことは、ぼくの誤りであった。ペルーの実情をよく認識しないまま、感情的な言葉を記したぼくこそ浅薄であった。フジモリ氏の名誉のために、そのことを明記しておく義務があると思う。

 先日、岸田秀さんの家に招かれて、手作りのペルー料理をご馳走になりながら、フジモリ氏についていろいろ話を伺った。ぼくが知りたかったことは、フジモリ氏が本当に公金を横領したかどうかという一点だった。もしも潔白ならば、日本に留まらず、ペルーに帰って法廷闘争などで濡れ衣を晴らせばいいではないか。それをしようとしないのは、やはり、疚(やま)しいことがあると考えざるを得ないではないか。十年も権力の座にいると、やはり腐敗するのか?

 もし自分の判断が誤っていたら、訂正し、きちんと詫びる義務がある。作家は、自分の吐いた言葉、書いた言葉に、責任を負わなければならない。言い放しでいることは許されない。

「フジモリ氏は、いまどうやって生活しているのですか?」
 と、ぼくは露骨な質問した。スイス銀行に蓄えた金で優雅に暮らしているのかもしれないと思っていたからだ。岸田さんは、
「フジモリ氏はいまお金に困っていて、支援者たちから援助を受けて暮らしているようです」
 と答えられた。フジモリ氏は、部下に権限をゆだね、その部下が公金を横領したことについては、不明を恥じているという。ペルーに帰らないのは、やはり暗殺される恐れがあるからだそうだ。

 岸田夫人は、何度もペルーを訪ね、アンデスの村々に学校を建てるボランティアをつづけてこられた方だ。すでに十を越える学校が建設されている。フジモリ氏が先住民に手をさしのべてきたのは、まぎれもない事実だという。いまでもインディオのことを話すとき、フジモリ氏は目にうっすらと涙を浮かべるそうだ。

 歴代のペルー大統領も、カソリック教会も、アンデスの先住民たちを本気で救おうとしたことはなかったという。それは、ぼくも自分の目で確かめている。フジモリ氏がインディオために尽力してきたのは、まぎれもない事実であると思われる。

 フジモリ氏が公金を横領したかどうか、そのことは、ぼくにはまったく判断がつかない。ただフジモリ氏の失脚には、アメリカの意向が絡んでいるらしい。岸田さんは『アルベルト・フジモリ、テロと闘う』のあとがきに、こう記しておられる。かなり長い引用になるけれど、重要なところだから、どうか読んでいただきたい。

「フジモリ氏はその政治活動によってアメリカに不安を抱かせ、アメリカの機嫌を損じたため、ペルーの大統領の地位を追われたと、わたしは考えている。
(中略)
 アメリカ(そしてペルーの新政権)は、彼の辞任にアメリカ(そして、アメリカに協力するペルーのある階層)が一枚噛んでいることを隠蔽するためにいろいろな間違った情報、根も葉もない情報、本当のことの間に嘘を混ぜた情報を流している。彼のやり方があまりにも独裁的だったので、民衆の反発を買って追放されたのだとか、どこかの銀行に大金を預けているとか、人権侵害や虐殺の事件を起こして隠しているとか、など。アメリカなどに駐在している日本の新聞記者の特派員は、外国の新聞に報道されているその種の情報を読んで、その信憑性を自分で確かめもせず、誰かが何らかの意図で流した情報ではないかと疑いもせず、そのまま日本に送り、それが日本の新聞記事になり、これまたあまり疑うということをしない日本の読者に受け入れられるということになって、いつの間にか、一部の日本人が、あれほど言われるのだから、やはりフジモリはいくらかは不正の金を持ち出したのだろうと信じていたり、やはり独裁者というものは民衆に追放される運命にあることを示す典型的な例としてフジモリを挙げたり、ペルー国民が求めているのだから、逃げ隠れしないで祖国に帰り、裁判を受けて男らしく堂々と自分の立場を主張すればいいのに……とフジモリを批判するようになっている」

 ここに書かれている「一部の日本人」と同じように、ぼくも考えていたのだった。フジモリ氏を「浅薄」であると決めつけたことは、明らかにぼくの判断ミスであった。

 フジモリ氏が公金を持ち出していないことを、ぼくは願う。だが自分の目で確かめることはできない。ただ、岸田さんが述べておられることは、しかと心に刻まなければならないと思っている。メディアの情報に関しては、ぼくにも苦い経験がある。

 いま初めて明かすことであるが、ニカラグアへ密航を試みたとき、ぼくはアメリカ・インディアンの指導者たちと行動を共にしていた。資金もかなりぼくが出した。そして冬のカリブ海を、手造りの大型カヌーで密航したのだが、エンジン・トラブルや、ハリケーンにぶつかったりして、二回、密航に失敗してコスタリカに引き返さなねばならなかった。

 ところが、インディアンの指導者たちは、コスタリカで記者会見を開いた。当時、世界の注目を集めていたニカラグアに潜入したという内容だった。まだニカラグアの地を踏んでもいなかったのに。ぼくはその記者会見の片隅に立っていた。「嘘だ!」と叫びたい気持ちを必死にこらえながら。

 その後、ぼくは三度目の密航で、ようやくニカラグアに潜入することができた。ニカラグア亡命者たちの組織のリーダーが、お前だけは送り込んでやる、と主張してくれたからだ。雨の降りしきりる密林の戦場をさまよい、ふたたび夜の海を渡り、どうにか無事にコスタリカに帰ってきた。

 それからNYに戻ったとき「ニューヨーク・タイムズ」の切り抜きを見せられた。アメリカ・インディアンの指導者がニカラグアに潜入したという大きな記事であった。むろん、誤報である。

「ニューヨーク・タイムズ」でさえ、偽りの記者会見を鵜呑みにして、誤報を出したのだ。これまで、そのことについて書いたことは一度もない。弱者の立場であるインディアンを貶(おとし)めるようなことはしたくなかったからだ。むろん、すべてのインディアンがそうだというのではない。一部の指導者たちが、自分たちの存在をアピールしようとして、メディアを利用したのだった。活動資金を集めるために。

 いま、ここで初めて明かすのは「ニューヨーク・タイムズ」でさえ誤報を出したということ、その偽りの記者会見の場に、ぼく自身が居合わせたという苦い一例を示すためだ。

 フジモリ氏がなぜアメリカの機嫌を損じたのか訊ねると、ペルーにアメリカ軍の基地をつくる計画があったのだが、フジモリ氏がそれを拒否したために、アメリカと、アメリカに協力する階層の逆鱗に触れたのではないかという。

 陰謀論のようであるが、決してあり得ないことではない。アフガニスタンを例にすれば、すぐにわかる。9.11につづいて、アフガン空爆が始まり、タリバンが倒れたあと政権についたのは、カルザイ氏であった。かれは、アメリカの石油会社の顧問をしていた人物である。そのような例は枚挙にいとまがない。そしてフジモリ氏が失脚して、政権が変わると、ペルーにアメリカ軍の基地ができたそうだ。

 フジモリ氏の失脚には、なにか裏があるのかもしれない。フジモリ氏の部下が公金を横領したのはほぼ事実であり、その人物にはCIAの息がかかっていたと言われている。ぼくなどには窺い知れぬ、複雑な背景や、政治力学が絡んでいるのかもしれない。

 フジモリ氏は「南アメリカ連邦」のようなものを構想していたそうだ。それが最終的な夢であったのだろう。

「引きぎわを誤った権力者は、みじめなものだ」「人の志も頼むべからず。かならず変ず」と書いたけれど、フジモリ氏の身の潔白が証明されたならば、ぼくはきちんと謝罪しなければならないと考えている。そうであって欲しい。潔白であって欲しい。

 日本大使公邸の事件に関して、フジモリ氏のことを「浅薄」だと決めつけたことは、ここで訂正し、謝罪しなければならない。ペルーの実情をよく知らないまま、ぼくはあまりにも一面的であった。

February 22,2003
小説家は、つねに批評にさらされる。きちんとした作品評ではなく、「ためにする」悪意に満ちた言葉を浴びせられることもたびたびある。そのような醜い(卑しい)言葉を投げつける者は、言い放しで、決して謝罪などしない。

 なによりも耐えがたいのは、たとえば「浅薄である」といったふうに人間性そのものを揶揄(やゆ)するような言葉だ。それは毒を塗った棘のように突き刺さり、深みで、化膿する。

 そうした痛みは、安易に批判する者には、決してわからないだろう。ところがフジモリ氏が罷免されたとき、ぼくはペルーの現実をよく知らないまま、同じような言葉を吐いてしまった。だから、きちんと詫びる義務があった。その2月20日の「海亀日記」に対して、次のような投稿があった。

「疑り深い私の感想は、宮内さんは人が良すぎるんじゃないかという事なのです。私はやはり、暗殺の恐れがあるからといっても納得できないです。失礼を承知で言えば、逆に岸田さんの話の鵜呑みじゃないのと思ってしまいました。日本大使館の事件を含めて、フジモリ氏の功罪はいまだに明確にはなっていないと思います。現在の時点で宮内さんが謝罪される事で、その謝罪が、単に謝罪としてではなく、ある特別のメッセージを持ってひとり歩きをしてしまうのではないかと、危惧しています」
 
 この投稿者の気持ちは、よく理解できる。「暗殺される恐れがあるから」という理由だけで日本に留まっているのは、やはり釈然としない。それは、ぼくも同じだ。これまでのフジモリ氏の姿勢からして、もしも潔白ならば、リスクを冒してでも法廷闘争を始めるべきではないかという思いは、どうしても拭いきれない。
 
 ぼくが謝罪しているのは、日本大使公邸の占拠事件に関して、フジモリ氏を「浅薄」であると決めつけたことだけだ。公金を横領したかどうか、それはわからない。判断のしようがないというのが実情だ。投稿にもあるように、フジモリ氏の功罪はまだ明確になっていない。

 凄まじい貧困のなかにうち捨てられている先住民インディオたちに、救いの手をさしのべようとしたことには、共感する。それは歴代ペルー大統領のだれ一人やろうとしなかったことだから。だが独裁的であったこと、憲法を改正してまで三選を果たしたことなどは、やはり共感できない。

 ただフジモリ氏が失脚した背景は複雑で、公金を横領したという弾劾が冤罪である可能性も、決して否定はできない、ということだけは留意しておくべきだと思っている。ぼくは「黒」だろうと決めつけていたのだから。フジモリ氏が潔白であるかどうか、それはまだ判断
id | 2007/06/02 11:32 PM
はじめまして、くっくりさん。さかなと申します。
時々ブログは拝見しておりましたが、今回は大使公邸事件で検索して引っかかったので、記事を拝見させて頂きました。
この事件のあった当時、NHKのニュースは録画し、新聞は切り抜いてスクラップし…全てと言って良いほど関連情報をかき集めていました。

>当時の日本ではMRTA側の立場に立った報道はほとんどなかったように思います。

そんな事はありませんでした。
NHKのニュース以外ビデオに録画していなかったので、具体的にどの局のどの番組の報道か、などはあげられませんが、民放では解決した後は加害者側の立場に立った報道が多かったのを記憶しています。

失礼ながら、こちらの記事は少しテレビに感化されすぎているのでは?という印象を受けました。たしかに、何でも疑えばいい、という物ではありませんが…。
何人かの方が仰られていますが、番組のコメントは日本人の視点でしかありません。
解決後に氾濫していた加害者を庇うような報道と同じ匂いがしました。


>フジモリ元大統領に関しては、日本人のメンタリティでは、
>「フジモリさん→日系人→いい人のはず→かばってあげたい」
>と、なりがちですが(私も心情的にそう思っていたけど)、もっと冷静に、もっと多面的に見ないといけませんね。

自国民やその血の流れを持つ人を庇いたくなるのは日本人だけではありません。
本当に多面的に見られているのなら、テレビ番組による「一つの見方」に拘るこちらの記事は生まれない筈です。
「多面的に見ないと」の一文が、それまでの全面賛同の意見への免罪符のようにも見えて、私は少し残念に思いました。

hiroさんのご意見には私も大半同意です。
記事への反対意見は辛いかもしれませんが、それはくっくりさんご自身が、こうしてこちらの記事を書かれたからに他ならない事です。
青山さんに直接意見を言えば、との反論は、少し方向性が違うような気がします。
hiroさんはじめ、ご意見を寄せられている方々は、青山さんではなく、その青山さんの「一面的な意見」を全面的に賛同する形で記事にしたくっくりさんに向けて言葉を発しているのだと思いますから…。私もその中の一人です。

こうしてブログとして公開している以上は、反対意見がコメントとして寄せられてくることも覚悟の上ではないか…とも思います。(私怨からの口汚い反論など、当て嵌まらない例もありますが…)

以上、不躾ながらの感想と、意見でした。失礼致します。
さかな | 2007/06/13 06:04 PM

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