【アンケート】臓器移植法改正4案 どれに賛成?
6月18日、臓器移植法改正4案の衆院採決でA案が可決されました。
与党や民主党が党議拘束をかけなかったこともあり、採決前は大方のマスコミが「採決はすんなりとは行かないだろう」と報道していましたが、蓋を開けて見ると、かなりの大差でA案可決という結果に。
A案支持の議員や患者団体などのロビー活動が功を奏したという報道もあります(産経6/18)。
それはそれとして、下の「全衆院議員の投票行動」リストを見ますと、今回の法案に対する各議員の投票行動にはイデオロギーはあまり関係していないことが分かります。
■【臓器移植】A案に賛成・反対・棄権 全衆院議員の投票行動(1/2ページ)
■【臓器移植】A案に賛成・反対・棄権 全衆院議員の投票行動(2/2ページ)
A案に賛成した議員の顔ぶれを見ますと、自民党では河野太郎氏や加藤紘一氏のようなリベラル派もいれば、島村宜伸氏や高市早苗氏のような保守派もいます。
民主党も同様に、岡田克也氏や菅直人氏のようなリベラル派と、長島昭久氏や松原仁氏のような保守派が混在しています。
逆に、A案に反対した議員の顔ぶれもやはり混在しています。
一見リベラル派が多そうですが、保守派もたくさんいます。自民党では麻生太郎首相や稲田朋美氏や下村博文氏、民主党では前原誠司氏や野田佳彦氏や渡辺周氏など。
ちなみに、自民党トップの麻生太郎首相、民主党トップの鳩山由紀夫氏、この2人はふだん主義主張がかなり乖離しているのに、この法案に関してはともにA案には反対で、D案に賛成だったとのことです(毎日6/19)。
また、欠席(棄権)した議員の顔ぶれを見ても、安倍晋三氏、中川昭一氏、平沼赳夫氏のような保守派もいれば、山崎拓氏や横路孝弘氏のようなリベラル派、さらには全員棄権した共産党と、これまた混在しています。
※ついでに言えば、新聞社説は読売・産経・日経がA案可決を評価、朝日・毎日・中日はA案可決に懐疑的で、日経を除けばほぼ「いつものグループ」に分かれてるみたいです(^_^;。ちなみに、なぜか朝日だけが「世界保健機関(WHO)の指針」に触れていません。
私も4案のうちどれかを選べと言われたら、大変困ります(T^T)
急いで移植しないと我が子が死んでしまう、だけど海外での移植にはお金もかかるし、海外に行けても適合者が現れるとは限らない。そういう切羽詰まった親御さんらの嘆きの声を聞いていると、自然とA案がいいと思ってしまう。
が、一方で、脳死状態の我が子と共に頑張って暮らしている親御さんらもいるわけで、そういう方たちにすれば、脳死を「人の死」とされてしまうことは非常にショックでしょうし、さて、果たしてA案でいいものか?やはりD案あたりが無難なのかな?などと思ってもみたり。
とにかく、考えれば考えるほどこんがらがってきます。
と同時に、日本人の死生観というのは、今どういうふうになってるんだろう?という根本的な疑問も湧いてくるんです。
ということで前置きが長くなりましたが、皆様にアンケートにご協力いただきたく存じます<(_ _)>(アンケート久しぶりですねー)
………………………………………………………………………………
■臓器移植法改正4案、あなたはA案からD案のうちどれに賛成ですか?
ブログの本文横のメニュー部分に投票フォームを設置してありますので、そちらから投票をお願いいたします。
(投票フォームの下に臓器移植法改正4案比較表へのリンクがありますので、参考になさって下さい)
投票期限は6月26日(金)まで。日付が27日(土)になった瞬間に終了です。
投票はお1人1回限りです。
コメント入力は任意です。その選択肢を選んだ理由などをお書き添え下さい。全角100文字以内でお願いいたします。
いただいたコメントはシステムの都合上、各選択肢につき100件を超えると上書きされ古い物は消えてしまいますが、消える前に私の手元に保存しておきます。
投票期間終了後、結果と合わせ、いただいた全コメントをブログ上に掲載させていただきます。
注)Mac OS9以前でIEをお使いの場合、投票フォームが表示されないことがあるようです。お手数ですが他のブラウザをお使いいただきますようお願い申し上げます。
………………………………………………………………………………
最後に、ひとつだけ関連ニュースを。
与党や民主党が党議拘束をかけなかったこともあり、採決前は大方のマスコミが「採決はすんなりとは行かないだろう」と報道していましたが、蓋を開けて見ると、かなりの大差でA案可決という結果に。
A案支持の議員や患者団体などのロビー活動が功を奏したという報道もあります(産経6/18)。
それはそれとして、下の「全衆院議員の投票行動」リストを見ますと、今回の法案に対する各議員の投票行動にはイデオロギーはあまり関係していないことが分かります。
■【臓器移植】A案に賛成・反対・棄権 全衆院議員の投票行動(1/2ページ)
■【臓器移植】A案に賛成・反対・棄権 全衆院議員の投票行動(2/2ページ)
A案に賛成した議員の顔ぶれを見ますと、自民党では河野太郎氏や加藤紘一氏のようなリベラル派もいれば、島村宜伸氏や高市早苗氏のような保守派もいます。
民主党も同様に、岡田克也氏や菅直人氏のようなリベラル派と、長島昭久氏や松原仁氏のような保守派が混在しています。
逆に、A案に反対した議員の顔ぶれもやはり混在しています。
一見リベラル派が多そうですが、保守派もたくさんいます。自民党では麻生太郎首相や稲田朋美氏や下村博文氏、民主党では前原誠司氏や野田佳彦氏や渡辺周氏など。
ちなみに、自民党トップの麻生太郎首相、民主党トップの鳩山由紀夫氏、この2人はふだん主義主張がかなり乖離しているのに、この法案に関してはともにA案には反対で、D案に賛成だったとのことです(毎日6/19)。
また、欠席(棄権)した議員の顔ぶれを見ても、安倍晋三氏、中川昭一氏、平沼赳夫氏のような保守派もいれば、山崎拓氏や横路孝弘氏のようなリベラル派、さらには全員棄権した共産党と、これまた混在しています。
※ついでに言えば、新聞社説は読売・産経・日経がA案可決を評価、朝日・毎日・中日はA案可決に懐疑的で、日経を除けばほぼ「いつものグループ」に分かれてるみたいです(^_^;。ちなみに、なぜか朝日だけが「世界保健機関(WHO)の指針」に触れていません。
私も4案のうちどれかを選べと言われたら、大変困ります(T^T)
急いで移植しないと我が子が死んでしまう、だけど海外での移植にはお金もかかるし、海外に行けても適合者が現れるとは限らない。そういう切羽詰まった親御さんらの嘆きの声を聞いていると、自然とA案がいいと思ってしまう。
が、一方で、脳死状態の我が子と共に頑張って暮らしている親御さんらもいるわけで、そういう方たちにすれば、脳死を「人の死」とされてしまうことは非常にショックでしょうし、さて、果たしてA案でいいものか?やはりD案あたりが無難なのかな?などと思ってもみたり。
とにかく、考えれば考えるほどこんがらがってきます。
と同時に、日本人の死生観というのは、今どういうふうになってるんだろう?という根本的な疑問も湧いてくるんです。
ということで前置きが長くなりましたが、皆様にアンケートにご協力いただきたく存じます<(_ _)>(アンケート久しぶりですねー)
………………………………………………………………………………
■臓器移植法改正4案、あなたはA案からD案のうちどれに賛成ですか?
ブログの本文横のメニュー部分に投票フォームを設置してありますので、そちらから投票をお願いいたします。
(投票フォームの下に臓器移植法改正4案比較表へのリンクがありますので、参考になさって下さい)
投票期限は6月26日(金)まで。日付が27日(土)になった瞬間に終了です。
投票はお1人1回限りです。
コメント入力は任意です。その選択肢を選んだ理由などをお書き添え下さい。全角100文字以内でお願いいたします。
いただいたコメントはシステムの都合上、各選択肢につき100件を超えると上書きされ古い物は消えてしまいますが、消える前に私の手元に保存しておきます。
投票期間終了後、結果と合わせ、いただいた全コメントをブログ上に掲載させていただきます。
注)Mac OS9以前でIEをお使いの場合、投票フォームが表示されないことがあるようです。お手数ですが他のブラウザをお使いいただきますようお願い申し上げます。
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最後に、ひとつだけ関連ニュースを。
■【臓器移植】民主・輿石氏「急がなければ死んでしまうわけでもない」(産経6/18)
びっくりしました。あんた、何ちゅうこと言うねん!(O.O;)(o。o;)
阿比留瑠比さんのブログによれば、輿石氏の発言、前後のやりとりはこんなふうだったそうです。
前後を読んでみても、基本、産経の記事通りという…(T^T)
移植を待っている子供は明日死ぬかもしれないわけで、母子加算や父子家庭の問題よりも緊急度は高いのでは?
いずれにしても、かなりの問題発言だと思うのですが、今のところ産経しか報道してないようです。もし、これが民主党じゃなく自民党幹部の発言だったら、今ごろ大騒ぎになってるんじゃないですか?
但し、明けて19日朝の民主党参院議員総会のあいさつでの輿石氏の発言は、かなり軌道修正が入っていたそうです。
曰く、「われわれも大変重い法案なので、きちんと議論し、ひとつの方向性を出さなければいけないだろうと。いたずらに引き延ばしたり、拒否をしたりすることは毛頭、考えていない。しかしきちっと議論は尽くす」。
えらい変わり様ですが、産経記事を読んだ患者団体などから抗議でも来たんでしょうか?
※拙ブログ関連エントリー
・06/10/8付:【アンケート】「生まれ変わっても日本人になりたい?」結果と全コメント
・06/10/22付:【アンケート】「皇位継承についてあなたの考えは?」結果と全コメント
・06/11/5付:【アンケート】「安倍内閣を支持しますか?」結果と全コメント
・08/10/28付:【アンケート】「日本は核武装すべきですか?」結果と全コメント(1)
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びっくりしました。あんた、何ちゅうこと言うねん!(O.O;)(o。o;)
阿比留瑠比さんのブログによれば、輿石氏の発言、前後のやりとりはこんなふうだったそうです。
記者:
衆院でA案が送付される。感想と参院審議のあり方について。
輿石氏:
結論から言うと考えていない。脳死は人の死ということでしょ。それぐらいは分かる。BCDと4つある。B案は厳しく条件つける。どれがいいとか、党議拘束をかけないということはひとつの方向にまとめないということ。議員個々に任せる。会派がどうするという話ではない。審議の仕方は議員立法のひとつ。
参院には母子加算とか、父子家庭のお母さんしかいない、お父さんしかいないという家庭にどういう愛の手を差し伸べるかと。こういう法案も残っているわけだから。それとを比べて優先順位を決めることも考えられる措置でしょう。来たからすぐにやると(はならない)。急がなければ死んでしまうという話でもない。まあ、脳死は人の死ということで、そういう病で倒れている人を一日も早く救いたい気持ちは分かるけれども。審議の仕方からすれば、A案が送られてくるということなので、各議院にいろいろな思いがあるので厚労委員会でどういう審議の仕方をするかはこれから考えればいい。厚労委員会を中心に。
記者:
臓器は今国会中に結論出せるか。
輿石氏:
党議拘束をかけていない法案だから。ひとつの案があって、時間をかけてここまでにやろうという話じゃない。分からんねえ。最優先でやらなければいけないとは思っていないってこと。
前後を読んでみても、基本、産経の記事通りという…(T^T)
移植を待っている子供は明日死ぬかもしれないわけで、母子加算や父子家庭の問題よりも緊急度は高いのでは?
いずれにしても、かなりの問題発言だと思うのですが、今のところ産経しか報道してないようです。もし、これが民主党じゃなく自民党幹部の発言だったら、今ごろ大騒ぎになってるんじゃないですか?
但し、明けて19日朝の民主党参院議員総会のあいさつでの輿石氏の発言は、かなり軌道修正が入っていたそうです。
曰く、「われわれも大変重い法案なので、きちんと議論し、ひとつの方向性を出さなければいけないだろうと。いたずらに引き延ばしたり、拒否をしたりすることは毛頭、考えていない。しかしきちっと議論は尽くす」。
えらい変わり様ですが、産経記事を読んだ患者団体などから抗議でも来たんでしょうか?
※拙ブログ関連エントリー
・06/10/8付:【アンケート】「生まれ変わっても日本人になりたい?」結果と全コメント
・06/10/22付:【アンケート】「皇位継承についてあなたの考えは?」結果と全コメント
・06/11/5付:【アンケート】「安倍内閣を支持しますか?」結果と全コメント
・08/10/28付:【アンケート】「日本は核武装すべきですか?」結果と全コメント(1)
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NHKスペシャル「アジアの“一等国”」偏向報道問題
国民の受信料で作られた反日洗脳番組に抗議を!
この問題の詳細は以下のサイトを。
・台湾は日本の生命線!
・NHKスペシャル 「アジアの“一等国”」偏向報道問題まとめWiki
署名サイトもよろしく。
・NHKを正す会による署名サイト→提出先:NHK
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Comments
私は本件に関し、反対論者は卑怯者、或いは偽善者であると思います。
海外では生活の為の臓器売買や、臓器売買目的の殺人まで起きています。そしてそれらの出所の分からない臓器が移植され、日本人の命が助かっています。
綺麗ごとを並べるのは能無しでも出来るでしょう。しかし、海外での犠牲に目をつぶり、或いは15歳以下での臓器移植が合法の国家での移植は嬉々として受け入れながら、自国民の臓器は駄目というのは、ダブルスタンダードの極致であると思います。
その一方で、自分たちの子供の死を受け入れ臓器を提供し、或いは生活のために臓器を売った人達がいるにも拘らず、生命の尊さを語る連中は私に言わせれば最低の偽善者です。
反対論者は15歳以下の日本人への臓器移植にも反対するべきでしょう。それがフェアな議論であると思いますが。
腰抜け外務省さん:
ってことは、大手社説の中でWHOの指針に全く触れなかった朝日は、中国に配慮してるんでしょうか?(^_^;
知恵者求むさん:
私は専門的なことは全くわからないのですが、先日テレビで、脳死=人の死とすることに反対のあるお医者さんが言ってたのは、脳死と判定されてもごくまれに回復した例があるとのことでした。
出来ましたら訂正してくださいますようお願いします。
A案:「脳死」ですね。 「臓器移植に同意されては如何でしょうか」と家族への説得
(辛い現実が突きつけられます)
D案:臓器移植に同意されるのであれば「脳死」と判断します。
家族に配慮したD案が良いかと思ったが、悪意があれば「D案が生きた様態で臓器取り出し易い」んですね…
(例:某国の子供を養子縁組させておき、医者を抱き込んで…以下略)
A案に賛成します
自信の臓器提供は1999年3月にしましたが、15歳以下の子を持つ親として子供の脳死を受け入れ、臓器提供に同意できるか?家族を説得できるか…判りません
臓器移植にはかなり勉強している。
世界の流れからしたらまあ妥当なところか。
ただもう少し国内で議論する場所もほしかったね。
いつも個別にレスを差し上げられず申し訳ありません。
| 2009/06/20 05:13 AMさん:
訂正は無理みたいなので、投票期間終了後に結果をブログでまとめて発表する時に調整させていただきますね(^_^;
C案に投票いたしました。世界の潮流を気にすることは理解できますが、遺体に対する畏怖の念が自分にはあるので、臓器提供を願う確固たる約定無しには勝手を働いてはならないと思いました。
畏怖の念とかなら 国外の移植事態も禁止するぐらいの対案をだすべきでしょうしね。 国内じゃ嫌だけど、国外ならOKじゃあ筋が通りませんしね。(現にアメリカでは、なぜアメリカ人の子供も移植を待っているのに日本の患者が優先されるんだって非難もあるわけですしね)
それに、じゃあ iSP細胞とかでクローン化して移植とかはどうなるんだろう?部品として人体を見る事は良いのか?って事は同じだろうし・・・
統計を見た訳ではありませんが状況から推測するに後者の臓器提供を受けた人の方が回復する可能性は高いようですから必然的に脳死者の方よりも比重が上がってくるのは仕方ないものなのかなと…。
となると必然的にA案となるのでしょうがここで引っかかるのは脳死を一律に人の死と定義付けている部分ですね。
確かに良くも悪くも基準を単純・明確化した方が法の運営や判断が色々な意味で楽なのは理解できますが果たして死というものをそこまで簡略化できるものなのかな?
ただ国際的な状況等も考えると国内での臓器移植の推進は避けて通れませんし死というものに幅と含みを持たせるといった点で当方は折衷的なD案に投票しました。
個人的には脳死患者からの臓器提供も大事ですが死刑囚が刑を執行された場合、速やかにその臓器を強制的に提供できるよう法律を改正するなど考えても悪くないように思います。
でもこれって中国みたいで何かイヤかもなぁ…。
>中国に配慮してるんでしょうか?
どうなんでしょうね????
アカピーのやることは理解できません・・・・・
しかし、この問題を聞いたときに思い浮かんだのは、「銀河鉄道999」の機械人間の話です。永遠の命を機械人間は持つかもしれないが、その命は生身の人間の命によって支えられていたという話です。(間違ってたらごめんなさい)
私たち日本人は移植を受けるだけの財力を持っています。その一方で臓器を売らなければ生きていけない人達がいます。
私たちはこの問題に関し国内で議論をし、あ〜だ、こ〜だと言っているだけの暇があります。その間にお金に余裕のある人は海外に行って移植を受ければよいでしょう。
確かに不公平は世界の真理であり、その解決はほぼ不可能でしょう。しかし、金で命を買う一方で、神学論争にうつつを抜かすのは国家としての怠慢であり、偽善ではないでしょうか。と思うのですが。
A案とD案の何れかを議論する時に、「脳死が人の死」というのを受け入れられない云々という議論を多くみますが、皆さんちょっと潔癖すぎやしませんか?と思います。
多くの皆さんが容認される「心臓死」ですが、あれだって心停止で即死亡宣告ではありません。CPRという救命(ケースによっては単なる延命)措置をする横で、家族は「辞めないで!!」と叫びつつ、医者は「どうせ助からないけど、家族の手前やり続けねば」という感じで、基準の時間が過ぎれば死を宣告するのです。で、法的死は宣告時刻だけど、実際は心停止で死んでいたと言えないか、とか、あと少しCPRしていたら生き返ったのでは、宣告は受けたけど本当に生き返ったりしないか、とか色々考えることはあるのです。
これを脳死に当てはめて考えて下さい。心臓死のCPR状態に当たるのが、脳波計が振れなくなってどうしようという状態、心臓死の宣告が、「法的脳死判断」をして宣告する状態、心臓死で「辞めないで!!」との叫びが「法的脳死判定拒否」なのです。
上記のような手順というか考えかたは、脳死判定部分に限ってはA案もD案も変わらず「どう表現するか」という気持ちの問題だけです。そんな本質でないことを大騒ぎするより、臓器売買を防ぐとか、本人の意志がちゃんとその場でわかるようにする方法とか、議論すべきだと思うのですが...
移植の総数からすると、子供よりも大人の数がはるかに多いので、大人の臓器提供を大幅に増やすことになるA案を移植学会などが支持するのは、もっともなことだと思われます。
生前に本人が口頭でNoと言っていたとしても、身内の死を前にうろたえる家族と、こういうことに関しては百戦錬磨の移植コーディネーターとの間で、全てが決まってしまうことですから、移植コーディネーターの熱意に促されて、家族がYesと言ってしまえば、臓器提供は可能です。
患者が脳死すれすれの状態で、医者が「もう脳死だな」と思った瞬間から、脳死への道をたどるのではないでしょうか。できることなら、最後まであきらめずに治療してくれる施設に入院したいものです。
「大人も子供も家族の同意だけで臓器の提供が可能」というテーマは、もっと時間をかけて議論する必要があると思われますが、いかがでしょうか。
海外に移植を求めて渡米する必要が無くなるのには賛成です。
日本から行けば、その国の移植が必要な子供が、助からなくなるかもしれないんですから。
テレビで、脳死と判断されても体は成長する子供がいる事を報道されていたので、ますます悩みます。
でも、例えば顔や手足がぐちゃぐちゃで、脳死を判定されたら・・延命措置より死を選ぶかもしれません。
その際、臓器提供を選ぶかどうかは、その時にならないと分からないですが。
選べと言えばD案になるか。 虐待関連が防げるから。
でも難しいわ。 法律で細かいところまでカバーできるとは思えないし。
一応一般人より少し寿命が短いという種類の人間だけどさ。
子供であろうと、大人であろうと臓器移植が必要という事実に変わりは無いのでは?
>もっと時間をかけて議論する必要があると思われますが、いかがでしょうか。
どれくらい時間をかければよいのでしょうか?その間にどれくらい海外の脳死者から臓器を買い取ることになるのでしょうか?
>生前に本人が口頭でNoと言っていたとしても
私たちは戸籍があり、住民票に登録されています。そこに1項目増やし、15歳以上になれば臓器移植を望むかどうか、登録すれば済む問題ではないでしょうか?
情報ありがとうございます。やはり医療関係者にはまだ脳死判定に疑問を呈する人がいるのですね。
少し調べてみましたが、やはりA案は時期尚早という気がしてきています。もう少し医学的な準則を明確にして欲しいですね。したがって、今の段階ではD案に投票することにします。
ただ、D案の最大の問題は、臓器摘出について殺人罪の適用の余地を残してしまうことでしょうね(刑事上は人の死ではないので)。その結果、臓器移植については抑制的な影響を与えることになるでしょうが、現時点ではやむを得ないことかもせれません。
ドイツの臓器提供率は、低いながらもそこそこあり、需要と供給の関係は、ぎりぎりの線で保たれています。ただし、ドナーカード所持率は、臓器提供率をはるかに下回っているのです。ここで活躍するのが、移植コーディネーターです。ドナーカードを所持していない脳死者の家族から、臓器提供の同意を得て、臓器が摘出される運びとなります。生前に本人が何を言っていたかは、あまり関係ないようです。移植先進国のドイツでさえ、ドナーカード所持率が低いのは、これは倫理の問題で、国家権力が踏み込めない領域であるからだ、と聞いたことがあります。
腰抜け外務省殿: 自分の臓器を、脳死になったときに提供したいと思う人は、ドナーカードのその項目にチェックすればすむ話です。しかし、そう思わない人は、倫理上、後ろめたい気持ちもあって、公になるような手段は、とりづらいのではないでしょうか。
もう一寸色んな意見を見聞して勉強してから投票させていただきます。
「人工臓器開発までの時限法にすればよかったのに」という意見が私に一番影響を及ぼしております。
で、スレ違いなのは重々承知してはいるのですが、(既知の事かも知れませんが)件の国籍法、鳩山辞任騒動に紛れて随分なことになってしまったようです。
参考記事へのリンクを張らせていただきます。
http://blogs.yahoo.co.jp/masaaki_akaike/59155145.html
今度の選挙の公約に「国籍法の見直し」を明言してもらうよう、意見書を送るべきでしょうなぁ・・。
民主党が党内多数派の説得により在日参政権を切りました。あとは創価学会・公明党だけ
定住外国人・地方参政権付与、民主がマニフェスト記載見送りへ MSN産経ニュース - ‎2009年5月31日‎
http://sankei.jp.msn.com/politics/situation/090531/stt0905311938005-n1.htm
平成4年 8月11日 日蓮正宗 池田大作を信徒除名処分 http://ex-iinkai.com/news/
なぜ公明党の冬柴議員(兵庫8区)は国会議員で最初に在日参政権付与法案を出したのか?
それは創価学会の幹部はほとんどが在日韓国・朝鮮人であるからだ。在日韓国人地位向上委員会 (特別委員会)
http://www.nikkan-giren.jp/product3.html 委員長・冬柴鐵三 副委員長・北側一雄、坂口力、浜四津敏子
創価学会 日蓮正宗 除名処分 池田大作 謝罪 http://www.nichirenshoshu.or.jp/page/jpn/link/sokagakkai/soka_1j.htm
お笑い創価学会信じる者は救われない(テリー伊藤)「池田大作って、そんなにエライ?」
自国の心臓は自国の心臓でまかなえと言うことです。
ということを見るに付け、国というのは本当に大事な概念です。「日本は日本人だけの国ではない」という馬鹿者は、良く考えることです。でもポッポが日本人の心臓でも外人にやりそうですねorz
脳死者という弱者をあつく保護し、支援をするのが政治の務めであります。
なぜなら弱者を救済することは国の務めだからです。
それなのに死亡のハードルを、「どこらへんまでなら下げてもいいのか?」という設問を提示して、その中から選べという究極の選択をさせて、国民自身が選んだのだから、ということで納得させるやり口は、はらわたが煮えくり返ります。
脳死者といえども人権はあるはずです。
なぜ、脳死者という弱者を更に鞭打つような政策を進めようとするのでしょうか。
臓器移植を待つひとは、脳死者といえども生きてる人間からではなく、確実に死亡してる人から臓器を貰ってください。
生きている人を、死んだということにして臓器を頂こうという、結論ありきの究極の質問であって、AだろうがDだろうが、絶対に選べません!!
しかし全く難しい話ではありません。
国は、より人権を尊重し、より国民に長生きをしてもらわねばならないわけですから、脳死者という弱者であればなおのこと手厚く保護し、ご家族と一緒になって支援して行くのが当たり前なのです。
ですから、何にも難しいことはありません。死亡のハードルをどんどん上げることがあっても、下げることはしてはならないんです。
AだろうがBだろうが死亡のハードルを下げることを目的とした選択をする必要がないんです。
臓器移植を待つ人には最初から生きている人の臓器を求めることを選択肢に入れないで下さい。
もし臓器移植を待つ人のために死亡のハードルを下げてもいいという人は、今度は植物状態の人の臓器を当てにし始めるかもしれません。
そして次は大きい麻痺が残る人ですか?
その次は?
どんどん死んでくれという社会は怖いですよね。
こんな悪魔のような設問を選べという人が信じられません。
本来ならば、脳死者やその家族の支援が足りない!と叫ぶべきでしょう。
それなのに逆に死亡と言う事にして臓器を頂きたいが、どこらへんまでが適当ですか?などと選ばせるなんて、正気の沙汰ではありません。
どんなことがあっても、死亡のハードルを下げるのはやめないといけません。
「殺すとしたらどんな人間なら殺してもいいですか?」
という悪魔のような設問は、やめてくださいませんか。
困ってる人のためになら、脳死者という弱者を、殺してもいいんですか?
>という悪魔のような設問は、やめてくださいませんか。
こういうのを言いがかりというのです。
国民の代表たる国会議員で構成された国会で公のもとに審議され、採決された法案です(参院はまだですが)。
くっくりさんに何の罪がありますか?
くっくりさんがA案でスンナリと通ってしまったことに疑問を抱き、みなさんはどう思いますかということでアンケートを実施されたのは文脈を読めば明らかです。
takurouさんのような人のために「その他」という選択肢も設けられています。
私が臓器提供で一番気になる点は、提供者の家族のことです。
もし家族が脳死判定された際に、提供するべきが否かを家族だけで判断することはあまりに酷です。
提供してもしなくてもその後葛藤が続くことでしょう。
いっそのこと国民全員に臓器提供の意思を生前に表明することを義務付けるようにして欲しい。
因みに私は脳死は人の死ではないが、臓器提供の意思を表明している人のみ、脳死を人の死とする、しか選択できない。
今の論点は 死の定義(臓器移植に関する場合ですけど、医療関係者にすれば大問題でしょうが)です。脳死か心臓死か また、別の状態を死と定義するかの問題でしょう?
弱者だから助けろって・・・私の理解力を超えています・・・
あぁ 死んでても弱者だから年金は遺族に出し続けろって事ですか?(嫌味)でも、そうゆう事にもなりかねませんよ? 今の心臓死だって脳は生きているから 死んでないって言われても説得力はありますしね。これを言い出したらキリがありませんよ。それに主義とかならいいが 法律としてはラインを引く行為は絶対でしょうしね。
脳死が弱者…というのは、上のようなことが起こる可能性があるからではないでしょうか。
脳死判定に誤りがあれば、「生きたまま臓器を取り出される」ということが起こる可能性があります。
本人の意思とは関係無しに。
これは法律の云々というより、判断する側の問題では?
脳死と言い切れないなら、脳死ではないわけで。
だって死んでるか微妙だからって、死亡扱いはしないでしょ?
しかし、この話と死者による臓器提供は根本的に全く別のものとして考えなければならないと思います。
臓器提供に必要なことは本人の意思だと思います。
私は、自分の家族や愛する人が脳死となり死亡を宣告されても本人が意思を表明していない限り、血の一滴ですら他人にやりたいとは思いません。
A案は脳死と判断されれば本人の意思に関係なく他人のための部品として扱われる可能性があります。
死者の尊厳とは何なのでしょうか?この点についてA案は賛成できかねます。
本人の意思は子供であっても確認すべきです。
子供の意思表示が民法上無効と判断される可能性はありますが、そこは特別法で解決できるでしょう。
意思表示すらできない乳幼児については残念ながら意思確認手段がないので禁止にせざるを得ません。
したがって、私の考えでは大人も子供も臓器移植の道は狭くなりますが、そもそも提供する側にその義務はありません。
あくまで本人の意思次第です。
海外での移植手術に対する批判はごもっともですね。禁止に賛成です。
臓器提供を待つ方には酷ですが、日本人は日本でというのが正しいでしょう。
結果的に、臓器提供は本人の意思が必須、乳幼児は禁止、海外での移植禁止という非常に厳しい論になりました。
国内で臓器提供への意識を高めるキャンペーンが必要です。
あと専門的なことは分かりませんがips細胞等人口臓器の技術が早く実用段階になることを切に望みます。
とまぁ世の流れに猛反発ですがこんな意見もある、ということで。長文失礼しました。
移植待機患者は、移植推進団体等を通じて、ロビー活動ができる。
その結果、移植待機患者にとって極めて都合のよいA案が、衆議院で可決される。
今後、A案が成立したあかつきには、日本でも臓器提供者が大幅に増えて欧米並みになる。これは、喜ばしいことです。
移植推進団体の悲願は、家族の同意だけで脳死者の臓器提供が可能になることでした。私の読みでは、まず、15歳以下の子供で、そういう環境を整えておいて、頃合いをみて、大人にも適用するという、2段階の方法でしたが、一気に、A案可決で、「大人も家族の同意だけで脳死者の臓器提供が可能」が現実味をおびてきました。
移植推進団体には、資金の豊富なところもあります。しかし、そういう団体のロビー活動が奏功して、法案が決まってしまうようなことがあってもいいのでしょうか。
民主主義とはそういうものではないでしょうか?それとも国民の政治参加を特定の法律だけ否定されるのでしょうか?
これ以外にもさまざまな法律が各種の圧力団体、利権団体、影響を受けて成立、或いは改変されていますが。
自分の主義主張にあわない法案はロビー活動を否定するというのは如何なものでしょうか?
脳死者は弱者ではないのでしょうか?
口も聞けず、介護、支援無しには生きていけないんだから、明らかに弱者でしょう。
その弱者を、支援をする法律を作るでもなく、こともあろうに死んだことにして臓器をとりやすくしようという、どの程度なら死んだことにしようか、、、などと悪魔のような法律を作ろうという政治は、信じられません。
弱者だから助けるという理屈が分からないひとがいる?
どうしてでしょうか・・。弱者は助けたほうがいいでしょう。弱者を支援するのは国の責務です。
なぜ脳死は死んでるという前提で考えてるのか理解に苦しみます。
脳死は死ではないという前提で考えてみてください。実際に心臓は生きてますよ。
難病だったり、障害がある人を切り捨てたら誰だって怒るでしょう。
なんで脳死者は切り捨てようとするんですか?
生命を大切にしないといけませんよ。
死亡のハードルを下げるのではなく、上げてください。
国民の代表たる国会議員が採決したんだから、文句をつけたら、いいがかりですか?
国民の声は要らないとでも?
>脳死は人の死ではないが、臓器提供の意思を表明している人のみ、脳死を人の死とする、とか
訳の分からない議論が多すぎますね。
医学的には脳死という状態が確かにあります。ただ、心肺機能停止の場合のように外部からは分かりにくいのです。ですから、それがきちんと判定できるかどうかが全ての前提となるはずです。「全脳機能の不可逆的停止」とは、元に戻らない脳死状態ということですから、脳死と判定されても回復する事例があるということは、単にまだ生きている人を誤って死者と判定したということです。もし、こうした人から臓器摘出が行なわれ、完全に死に至らしめたとしたら、(生前の本人の同意があろうが無かろうが)ただの殺人にすぎません。
以前、脳死状態になると死後1,2時間で脳細胞が融解を始めるという話しを聞いたことがあります。そうなれば、もはや回復不可能です。それを確認する方法もあるらしいのですが、どうもそれをやると臓器移植に不都合だという話しも聞いたことがあります。この辺のところが、現在の医学的水準で解決できているのかどうかが最大の問題だと思うのですが。
この方をヤっつけに行って下ちい
takurou星人
特徴 よわい 純粋 まっすぐ
好きなもの 弱者 いのち
口ぐせ 弱者は正義!!!
脳死も足がきかないとかと同様、障害ですから、脳死者は障害者です。
障害者は弱者ですから、国は支援して欲しい。
本当の死が訪れる時まで、現行では心肺が停止するまで、脳死者とその家族を支援して欲しいんです。
支援してくれないどころか、極めて重度の障害者である脳死者を臓器提供のために死亡ということにしようという、その考え方はおかしいんではないかと思ってます。
どうやらそう考えるのは少数派のようです。残念です。
うらを返せば、活きのよい臓器を提供できる施設は、ほどほどのところで、積極的な治療をうち切っているのでしょう。現代の医療水準を鑑みて、適切な治療がおこなわれているにはちがいないと思いますが。
集中治療室で熱心に治療している医者も、心のなかで「まだ助かる」と思っているからこそ救命に努めるわけで、「もうあかん」となると、あとは、脳死の判定を待つだけです。
どのへんで見切るか、医者の心の内をうかがい知ることは難しいですが、同業者なら、察しがつくかもしれません。
私も実は内臓に障害を抱えていますが。(臓器移植の必要はありませんが。)
それとも臓器に障害があり、移植を受けなければ将来の無い人達は死ねということですか?
>国民の代表たる国会議員が採決したんだから、文句をつけたら、いいがかりですか?
>国民の声は要らないとでも?
目的語が無くなっていますね。
自分は「“くっくりさん”に文句をつけるのは言いがかりである」と述べたのですよ。
takurouさんもお判りでしょうが、くっくりさんが実施されたアンケートの設問は国会で審議された4法案がもとになっています。
それを「悪魔のような設問」「脳死者という弱者を、殺してもいいんですか?」とくっくりさん個人に対して攻撃するのは余りに的はずれではありませんか?
ましてや、あなたのように4法案いずれも認めたくない人のために「その他」という選択肢も設ける配慮も施されているのですよ?
日本は民主主義国家ですから、国民の声としてあなたが議会や行政に意見を届けようとする権利はもちろん存在します。
国会議員や患者団体その他関係者に対してあなたがネットで批判をする権利も存在するでしょう(ネットマナーの範囲内であれば)。
だけどくっくりさんは議員でも関係者でもない一個人ですね。
自分がもしtakurouさんの立場であれば、この問題について自由な意見を述べることのできる場を設けてくれたくっくりさんにむしろ感謝しますがね。
http://d.hatena.ne.jp/kmiura/20090205
ドイツでの脳死と死亡判定の関係について周囲のドイツ人もよく知らず、弁護士に相談したり、確実に脳死に至る、心停止しても放置すべきと診断されたにもかかわらず、奇跡的に回復し、医師や看護師の態度が変わった事など、臓器提供にかかわらず「脳死が人の死」となる事がどういう事なのか考えさせられる内容です。
最期はクモ膜下出血発症時に使った薬の副作用が原因で、多臓器不全により亡くなられたそうです。
ご冥福をお祈りします。
にも関わらずA案は,死の定義まで脳死へと変更する。さらに,本人が拒否の意思を表明していない限り,デフォルトとしては移植に同意するとみなす。あえてドナーカードの「提供しない」に○をつけて携帯していない限り,常に摘出OKの状態だということです。つまり,A案はまさに,臓器移植を促進するための方策だと言わざるを得ません。
梟の目さんの言うように,
>脳死と言い切れないなら、脳死ではないわけで。
>だって死んでるか微妙だからって、死亡扱いはしないでしょ?
脳死判定基準が明確で,常に黒白がはっきりつけられるというようなものであるなら,悩むことはありません。A案によって命を救われる人が増え,それはいいことかもしれない。
しかし,度々触れられているように,脳死判定基準は心臓死ほど明確ではありません。
脳死が人の死であることは確かかもしれません。しかし,どのような診断が成立すれば脳死なのかということが,現状,不明確なのではないでしょうか?
知恵者求むさんの言われるとおり,脳死判定の後で患者が回復した例は,判定の後,ただちに臓器摘出なされなかったため,判定が誤まりであると分かる余地があったわけですが,A案によって(大人の)臓器移植が促進されれば,判定の後に移植が行われ,それが誤まり(つまり殺人)であるかどうか判明する機会は,常にないということにもなりかねません。
このような点を無視してまで,現時点でA案を選択する必要があるのでしょうか。
しかし,臓器提供というものは,本人の意思による決定が最も重んじられるべきことではないかと思います。その意味で,A案は提供する方向への誘導が強すぎるのではと感じられます。
連投失礼いたしました。
そこでtakurouさんにお聞きしたいのは、こういう人たちももちろん弱者ですよね?どうしたらいいと思いますか?
どなたかこの質問に答えてくださいませんか?
私たちは脳死者に諦めてください、或いは臓器提供を待っている人たちに諦めてください、という議論をしているはずだと思うのですが。
この問いから議論しない限り、全ては枝葉末節の議論になると思いますが。そしてこの問いに答える意思が無い限り、その方の議論は唯の観念論、感情論かと存じます。
私は脳死者に諦めてください。臓器提供を待つ人達に生きる機会を与えてくださいという意見ですが。
脳死に至った人が、人としての尊厳を守った状態で生存できるまで回復した例はどれほどあるのでしょう?
また、海の向こうのドイツの事例はたくさんです。日本国で、どのように臓器移植の需要が満たされているか、どなたかお示し下さい。我々日本人の命に対する尊厳の問題です。
日本の臓器移植の門戸が開かれればでは無く、閉ざされればでは無いでしょうか?
>臓器に障害があり、移植を受けなければ将来の無い人達は死ねということですか?
A案が成立したとしても、臓器提供数には限りがあるので、優先順位が低くて提供を受けられない患者は、待機中に死亡するでしょう。また、移植の適応がない患者も、病気が重篤になれば、死亡します。
移植臓器は部品のようなものなので、10年もてば、御の字です。臓器移植は、Quality of lifeを向上させるだけです。延命は、人工臓器で可能です。
瀕死の人間が、同意のもとに臓器を差し出して、病んだ人が受け取り、病んだ臓器と入れ替えるのは、「博愛」。
瀕死の人間の同意が不確かなまま臓器を取り出して、病んだ人が受け取り、病んだ臓器と入れ替えるのは、「弱肉強食」。病気のシマウマを、飢え死にしそうなライオンが襲えば、ライオンは助かります。
くっくりさん、いつも大変な書き起こしありがとうございます。
ものすごく勉強になります。尊敬しています。
私はD案に投票しました。
ニュースを見ていたら、脳死のお子さんを介護している親御さんが子供の体重が増えたりして成長しているのを見ると、脳死をひとくくりに死と決めてほしくないといっていました。
私もそう思います。切ないです。
逆に臓器提供を受けたい人の気持ちもよくわかります。
寄付金を募ってやっとの思いでアメリカに渡ったのに亡くなられたお子さんはかわいそうでした。
でもそれを天命として親御さんは受け入れることも大事だと思いました。
私には上が8歳と下が11ヶ月の赤ちゃんがいるので、子供がいかに大切かというのは本当によくわかります。本当に難しい問題ですね。
マスメディア対策実施中、教育が難問 近畿の移植医が座談会
http://www6.plala.or.jp/brainx/2005-4.htm#20050402
>越後:15歳未満の小児の心臓が提供できるようになるとして、どの程度のドナーがいるかということが問題になります。最近、小児の剖検率がどんどん低下してきています。それを考えたら、どれだけそういった臓器提供があるのか、楽観的にはなれません。
白倉:腎臓はこどもでも心停止の場合に提供が可能ですが、年間2人、3人です。
100〜170人のうち2人、3人ですから、3%以下ということになります。
仮に法律改正案が通ったとしても、年間5例のうち3%だったら6年に一度しかないということになります。
>宮本:小児のレシピエントは、日本で年間およそどれぐらいと推測されていますか。
越後:50人程度です。
福嶌:18歳未満の心臓移植だけでは、50〜80人の間ぐらいだと思います。
肺や心肺移植を入れて130人程度ですね。
脳死判定基準が厳しく、臓器提供に消極的な日本では移植医ですら、小児脳死ドナーは6年に一人くらいしか現われないだろう、と言っています。
つまり今まで法によって全くゼロだったものが、ゼロでなくなる、という話です。
EU最多の臓器提供率を誇るスペインの場合
http://www.lifestudies.org/jp/teruteru06.htm
>彼らは、潜在的ドナーの家族に話し掛け、臓器提供の恩恵について説明する。彼らの成功は、臓器提供の承諾をしぶるのは4分の1以下であるという事実によって評価されるだろう。
>ボーナスの額は、病院コーディネーターが供給する 臓器の数によって左右される。獲得数が15より少なければボーナスも少なく、15より多けれ ばボーナスも多い。加えて、国の健康システムは、提供臓器一個につき賞与を払う、それは、臓器提供に係わった医療スタッフの人数に応じて配分される。賞与の額は、獲得された臓器のタイプによって左右される。
オランダ、臓器提供同意者に保険料割引
http://www.portfolio.nl/article/show/2387
>死後臓器を移植用に提供することに同意している人に対し、年間120ユーロの健康保険料割引をするという制度が発足する。
各国あの手この手でドナーを増やそうと、懸命です。
啓蒙活動ではこれ以上の増加は望めないと判断されたのでしょうか。
自分はA案に投票しました。
脳死で成長する例があるとのことですが、臓器があるのでそうなるのでは?と思います。宗教的な考えになっちゃいますが、魂と肉体とを考え、延命は残された家族にも相当の負担になることもあり、A案にしました。
http://www6.plala.or.jp/brainx/wrong.htm#D
>2007年11月、脳死判定と脳血流検査も行われて死亡宣告されたザック・ダンラップ氏(21歳)は、従兄妹の看護師によって脳死判定に疑問を持たれ、足裏をポケットナイフで引っ掻くなどの強烈な疼痛刺激により脳死ではないことが発覚。臓器摘出チームが到着していたが、生体解剖は直前に阻止された。ダンラップ氏は、自分に対する死亡宣告が聞こえていたという。
脳血流の停止まで確認され、家族もそれを見ていたという事ですので、検査ミスという事なのでしょうけど・・・
最近ではこんなニュースも
【カナダ】生存が絶望視された赤ちゃん、生命維持装置を外したあとで自力呼吸を始めるも…医師は「悲劇だ」と
http://yomi.mobi/read.cgi/newsplus/tsushima_newsplus_1239256258/
>生後2か月のカイリー・ウォレス(Kaylee Wallace)ちゃんは、先天的に脳に障害があり、生命維持装置がなければ呼吸ができない状態だった。
両親は、同じ病院に心臓移植を必要とする赤ちゃんがいることを知り、わが子の心臓を提供することを決意。
生命維持装置を外した。
ところが両親は、「カイリーちゃんが自力で呼吸を始めた」ことを医師から告げられることになる。
脳死判定は誤る事がある。
小児は自発呼吸が復活する事がある。
そうと知った上で本人の意思確認のないまま、臓器提供に同意する家族はどれだけいるでしょうか。
「それを承知の上での故人の意思だったのです」と言えるならまだしも。
ココのコメントは100文字以内で、自身の簡潔な判断基準の投稿を管理人氏は推奨されていたと思います。
多くの方が興味を持っている話題でもあると思いますので、どうでしょう、掲示板にトピを立てて議論を深めるというのは?
あくまでアソコは「アンカーの掲示板」なので、管理人氏の承諾もあったほうがベストでしょうが。。。
ちなみに僕は「D案」です。
>ココのコメントは100文字以内で、自身の簡潔な判断基準の投稿を管理人氏は推奨されていたと思います。
私、そんな推奨しましたっけ???
容量の問題で「コメント数100個を目途に」というのは言ったことあるかもしれませんが。
「コメント100文字以内」というのは、今やらせてもらってるアンケートのコメントの文字制限ですね。
記事本文が短いのと、あと、いただいている各コメントが今のところいずれもあまり長くないので、容量的にはまだまだ大丈夫です。
(「アンカー」北方領土問題と比較して現在3分の1程度です)
さらに伸びてきたら、私の方で頃合いを見て掲示板に誘導するなり何なり、交通整理をさせていただきますので、腰抜け外務省さんも皆さんも、このままどうぞお続け下さい。
なお、掲示板は「アンカー」以外の話題もOKですよ。
「梅雨時」トピックで私、ちゃんと返信してますし(^_^;
有難うございます。ただ、この手の議論は専門外ですので、そろそろ私は手仕舞い致したく存じます。
ただ、本来の議論の建て付けからいくと、
1.臓器移植はありですかなしですか?
2.ありの場合、その条件は?
という気がするのですが、どうもその核心に触れる議論ではなく、周辺に関する情報やら、議論が多いような気がします。(というかそもそもABCDのどれかというのがくっくりさんの問いかけでしたものね。)
ああ、スイマセン。勘違いです(笑
言われてもっかい読んで、やっと仕組みを理解しました。
悪気があって言ったんじゃないです。
ただ、腰抜け外務省さんが投げかけてる内容が議論として面白かったので、素直にもっといろんな意見が出ればなぁ。と思った次第です。
腰抜け外務省殿、
>臓器に障害があり、移植を受けなければ将来の無い人達は死ねということですか?
>その方の議論は唯の観念論、感情論かと存じます。
個別の事例に差異はあるでしょうが、大枠で捉えるなら「死ね」ということになるでしょうね。
本来助からない者が、医療の進歩で助かるようになり、その条件として他の誰かの命や一部が必要となれば、死生観や感情が介入するのは仕方ないと思います。少なくとも宗教の数以上に死生観の違いは存在するでしょうし。
まずこの問題は「脳死」をどう定義するか?ということと、何をもって移植の同意とするか?という二点に分けたとしても、ソレゾレに多様な価値観が出てくると思います。
他人の価値観を受け入れる覚悟がなければ、ドコに落ち着いたとしても不毛な結論になると思います。。。
手仕舞いされるなら、ほったらかしてくれてOKです。
ただ、こういう「議論」からしか価値観の摺り合わせってのはなかなか出来ないんで、専門家でなくとも知識を深め合う事はとても大事な気がします。
アンケートへはギリギリまで考えてから答えます。
今の考えだと、脳死を死とした場合。
現状では延命処置を行っているのが普通だと思いますが・・・
医師が死だと反対した場合、
法的もしくは社会的に、延命処置より臓器提供を勧められるようになるんならA案に賛成することは難しいです。
人は利己的なもんです。
おそらく、私も提供してもらう側なら、大賛成でしょう。
でも逆の立場なら・・・
それを認めないなら、臓器移植そのものが悪と言うことになります。
国内なら駄目で、海外ならOKというのがダブルスタンダードです。
本来であればサイバー化のような他人に依存しない方法があればいいのです。
しかし、人工血管でさえいろいろと問題を抱えています。移植以外に救命措置の
ない人を救命するというのであれば、国内法であぶれた人が海外で移植を受けて
いる現実を解決する手段を講じる必要があると考えています。
#流れをぶった切って申し訳ありません。
これはとても個人的な意見です。
医療の進歩は素晴らしいとつくづく感じます。
その一方で、世の中の価値観や死生観とどのようにすり合わせていけるのか・・・
皆さんのご意見を非常に興味深く拝見し、考えさせられ・・・D案かどちらか、今は迷っています。
このような場所でいろんな方の意見が聴け、議論されるのは、自分自身の中でもより考えが深まり、とても意味のあることだと思います。
くっくりサン皆さんありがとうございます。
私もA案に賛成します。
ただし、A案でも脳死=人の死と認定するのは反対です。あくまで脳死=臓器移植可としてもらいたいと考えています。
脳死が人の死としているのは現在の医学では助けることができないからであり、人の死とは別のものなのです。
しかし、臓器移植という使用できる技術があるのにそれを利用せず、助かる命を見捨てるのも不条理です。
よって、現在の状況では臓器移植の賛成するのが打倒だと考えております。
ただ、宗教観や価値感を大切にする為にドナーカードの意思を尊重するべきでしょう。
最も、A案が成立した場合は、ドナーカードは臓器しないという意思表示になります。
ところで、弱者・強者の話が盛んになっていますが、脳死者・臓器移植待機者を弱者と決めるのはどうでしょうか?
そもそも弱者という定義をこちらから決めるのは、不遜なことではないのでしょうか?
五体満足でも、優秀・立派・強者とは限りません。ならば、五体不満足でも、弱者とは限らないのではないのでしょうか?
少なくとも、私は彼らより優秀・立派・強者と感じたことはありません。
「2020年の挑戦」って
知ってる?
「ティコ ムーン」って
知ってる?
また、日々のテキスト起こしご苦労様です。家にテレビがないため、大変助かっています。
さて、私は臓器移植の一番の問題とは、倫理等よりも、マスコミの報道の仕方であると感じています。
例えば、「脳死状態」の子供を持つ親が、「この子はまだ生きています」等と主張する番組をよくマスコミは報道しますが、
「いや、ドナーにならないのなら脳死にはなれないだろ」
と突っ込める人はどれくらいいるでしょうか。
現行法だろうが改正案だろうが、脳死とはドナーになる人に限定的に適応される特殊な死の定義であることが明示されていますから、ドナーにならないのであれば、必然的に脳死にはなりえません。
そういう人たちは、いわゆる植物状態であるだけであって、脳死ではないのです。
マスコミはどうしてこういう正確な言葉遣いをしないのでしょうか。
まるで臓器移植法改正案は、そこら中のいわゆる植物状態の人を脳死としていく、悪魔の法律であるかのごとき報道です。
また、マスコミは臓器移植の予後(余命)について、ほとんど報道しません。
その結果、臓器移植を「死にそうな人に臓器を移植すれば『健康』になる」と考えている国民は多いです。しかし残念なことに、現実のデータから考えると、臓器移植とは「死にそうな誰かの死期を少し延ばすために、死にかけている誰かの死期を少し早めるもの」でしかありません。
もちろん、腎臓移植や角膜移植など、移植することでレシピエントのQOLを著しく改善するものもあることは事実ですが、例えばよく海外に行く心臓移植の場合、1年で2割、3年で3割、5年で4割、そして10年で5割5分のレシピエントが死んでいきます。25年以上の生存例はありません。
ですから、例えば心臓移植した2歳の子供であれば、30歳前にはほぼ亡くなることになってしまいます。
確かに余命については最近改善されているとはいわれますが、それでも、一生免疫抑制剤を飲み続け、なんでもない風邪すら致死的になりえるという綱渡りが一生続いていくことに、変わりはありません。
移植した、元気になった、お涙頂戴、なんて移植はありません。
移植してから、残された短い一生を賭けた戦いが始まるのです。
それでも移植を勧めますか。
生きていればそれでいい、のでしょうか。そこは、国民に広く議論があっていいところです。
私は、脳死の問題についての議論とは、国民一人ひとりがそういう正しい認識を持ってからするべきことだと思うのです。
国民に広く正しい認識がなければ、正しい倫理は生まれますまい。
ですから、お涙頂戴番組に終始し、移植の現実に蓋をするような現在の報道は、悪魔的だと思うのです。
A案の提出者である河野太郎議員とC案の提出者である阿部知子議員の討論が下記のサイトで視聴できます。
本来は有料のサイトですが、両議員の議論部分は無料で視聴できます。
約1時間に渡って、法案の要点、問題点等が話されているため、この問題の理解に役立つと思います。
http://www.videonews.com/
以下、議論の本筋とは離れた戯言です。
皆さんのコメントを読んでいると、脳死は受け入れられないけれど、心停止による
死は受け入れるという方がかなりいますね。
歴史的に死は心停止によって判定されてきたので、この意見は理解できます。
ただ、医療措置を施さなければ死ぬという意味では心停止も脳死も同じなんですよね。
違うのは現代の医学では脳機能が停止しても、他の組織の活動を維持可能だという点です。
ならば、医学の進歩によって心肺が停止しても脳機能が維持可能になったときこそ、何をもって死とするのかが本当の意味で議論されるのではないでしょうか。
私は脳神経の不可逆的で壊滅的な破壊が死であると考えています。
私は死の定義について考えるときに、生(ヒトとして生命の宿る瞬間)について考えました。
生も哲学的な問題なので、以下あくまで個人的な考えです。
ヒトから抽出した体細胞は一人のヒトとは認めるられません。
認めてしまえば、ヒトの細胞株を扱う生物学者はみな大量虐殺者になってしまいます。
次に、受精した直後の受精卵を一人のヒトである(誕生の瞬間)と認めるかですが、私は認めません。
これには異論がありますが、生命の萌芽ではあるかもしれませんがヒトという生物(の誕生)ではないと考えます。
では、何をもって一人のヒトに命が宿る瞬間とするかですが、私は脳神経系の発達がこの瞬間になるのではないかと考えています。
つまり、「私が私であると認識する(そのための機能が整備された)瞬間」こそが一人のヒトに生命が宿った瞬間ではないかと考えています。
そうであれば、死とは、脳機能が破壊されたときであるとこう考えました。
故に、現在一般的な「心停止による死」の後、死者の生前の意思がない場合には、
遺体の扱いは遺族に任されるのと同様に、脳死後(=死後)遺体の扱いも、生前の意思表示が特にない場合は、
、遺族に任されていいのではないでしょうか。
コギト エルゴ スム。
我思う。
故に我あり。
ですか。
>VSEPRさん
わかりやすくまとめられ勉強になります。
もう一方からの視点が欠けた論議はどうも空虚すぎて見ていられませんでした。
私が「お涙頂戴」パターン報道と募金ビジネスに反感を覚えるのはその辺だっただけに、安易に寄付して偽善で満足する風潮には何とかして欲しいですね。
この法案への援護射撃か、昨日アメリカで手術を無事受けられた子供の治療費が思った以上に高額請求されて困っていると報道されていて、なんかショービジネスと化しているように見えました。
・・・大切な命なのになぜこうも大人のエゴが目立ってくるのか・・・悲しいですね。
子供の経過をかいつまんで
・渡航後、入院してドナー待ち
・容態悪化で人工心臓装着手術→ICUに入る
・人工心臓も使用期限がきてバチスタ検討
・直後にドナーが現われ、心臓移植成功
・200ccもの硬膜下出血で手術
・腎不全のため透析
・免疫抑制剤大量服用中に感染症と肺炎併発
・呼吸器がはずせず気管切開
・移植した心臓も動きが悪く再移植の可能性も?
ロマリンダ大学病院ではかつて
・自宅でドナー待ち
・心臓移植→1週間で退院
・その後は通院して経過観察
という順調なケースでも5000万円以上の医療費がかかっていました。
医療関係者や親御さんとしては万策尽きるまで治療は続けるのでしょうけど・・・
渡米してからの2ヶ月間は、4回もの手術が行われ、辛い闘病が続いていました。
安らかに永眠されますよう、お祈りします。
心移植の1歳男児が死亡=肺出血、募金で渡米
http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2009062300401
ただし、臓器の提供先にドナーの意向を反映させることを一切禁止し、臓器の適応度や移植希望登録の順などをもって提供先を決めることが必要であると考えます。
それはたとえ家族であってもです。(血縁による適応度の優位性は認めるものとする)
提供先にドナーの意向を反映させた場合は金銭による臓器の提供、つまり臓器売買やブラックジャックやドクターKであったような自分の臓器のために子供を犠牲にするような余地ができてしまうためです。