天皇陛下御即位20周年に寄せて
■【天皇陛下ご即位20年】両陛下が会見(産経11/12)
■「絆大切に」 天皇陛下ご即位20年で相次ぎ祝賀行事(産経11/12)
■ご即位20年で国民祭典 EXILEに拍手、提灯で国民とご交流(産経11/12)
■「感謝に堪えない」天皇陛下の拉致問題言及で家族会などが特別声明(産経11/13)
■両陛下、平成2年の爆破事件でお見舞い(産経11/13)
12日は本来なら国民の祝日となるべき日だったんですよね。超党派の奉祝国会議員連盟によって解散前の通常国会に法案が提出されていたのですが、解散により廃案。その後、今国会への再提出が模索されたものの、民主党の党内調整が難航し、結局没になってしまったという(産経10/31)。
まぁでも祝日であろうがなかろうが、このめでたき日をお祝いする気持ちを多くの国民が抱いていることには変わりはないですから、私はさほどこだわってはいません。
当日の昼前、いつものように仕事で近所の公立小学校の前を通った時、正門に大きな国旗が掲げられ、風にはためいており、大変清々しく感じました。
もしこの日が祝日だったら、子供たちが登校することもなく、従ってこの大きな日の丸を目にすることもなかったわけですから、かえって祝日でなくて良かったかもしれないと思ったぐらいです。
ただ、何でこの日に日の丸を掲げているのか、その理由を子供たちは先生からきちんと教えてもらったんでしょうか?そのへんは若干気にはなりますが(^_^;
さて、当日は政府主催の「天皇陛下御在位二十年記念式典」や、民間主催の「天皇陛下御即位二十年をお祝いする国民祭典」が催され、国全体が大いに祝賀ムードに包まれました。
政府主催の方はNHKが生中継していましたが、民間主催の方は中継はなかったみたいですね。
テレ朝とか、よくゴールデンタイムに皇室特番を放送してるんだから、こういうおめでたい式典こそ放送してくれればいいのに……と思ったのは私だけでしょうか?(T^T)
EXILE(エグザイル)のパフォーマンスについては、やる前から賛否両論ありましたよね。
私は「もっとふさわしいアーティストがいるのでは」と思いつつも、どちらかと言えば賛成派でした。というのも、EXILE目当てで参加した若い人たちの中で、これを機に天皇や皇室に関心を持つ人も出てくるんじゃないかと期待を込めたからです(実際、関心を持ってくれたっぽい女子高生のコメントが時事通信に載ってました)。
翌13日の「とくダネ!」で、EXILEの歌の部分がノーカットで放送されました。私は彼らの歌をちゃんと聴いたのはこれが初めてなんですが、なかなか良かったと思います(tafuさんのブログに歌詞と楽譜がUPされています)。
あとはテレビのニュースで細切れに見ただけなんですが、天皇陛下が最後に、集まった国民に対して感謝のお言葉を述べられていましたね。
「少し冷えこみ、皆さんには寒くはなかったでしょうか。本当に楽しいひとときでした。どうもありがとう」と。
もしも私があの日あの場にいて、陛下からこのような優しさに溢れたお言葉を頂戴したら、きっと寒さもいっぺんに吹き飛んだだろうなぁ(^o^)
っていうか、当日あの場にいた皆さんは「ご高齢の天皇皇后両陛下がこのようにお寒い中を……、お身体は大丈夫だろうか……」って、心配になったんじゃないでしょうか。
そういや、天皇皇后両陛下のご健康の問題を理由にして、宮中祭祀を簡略化あるいは廃止すべきなんてことを言っている知識人がいるらしいですが、とんでもないことだと思います。
天皇は祭祀王です。「祈り」こそが天皇の最大のお務めなのです。ご負担を減らすというなら宮中祭祀よりもまずはご公務からでしょう。
昭和天皇もそうだったらしいですが、今上陛下もことのほか宮中祭祀にご熱心であると聞きます。ご自身そして皇室の存在理由が何であるかを、当然のことながら重々理解されているということなのでしょう。
この20年間で私が一番心に残っている今上陛下のお姿、それは平成17年6月28日、バンザイクリフにて皇后陛下とともに黙礼をされているこのお写真です。
先ほど触れたように、天皇の本質は「祈り」であり、125代にわたってそれを連綿と継承されてこられました。
今上陛下の20年間の治世の中で、その「祈り」が最も国民に分かりやすい形で示されたお写真のうちの1枚が、このバンザイクリフでのお姿だと私には感じられるのです。
ところで、天皇陛下御即位20年にあわせてNHKが世論調査を行いましたが(元ニュース記事すでにリンク切れにつき2ちゃんねる参照)、その中に「天皇制についてどのように考えるか」(「天皇制」って言うなよ(-.-#))という設問がありました。
「天皇制は廃止すべき」と回答した人は8%だったそうです。
思想や立場など一切分け隔てなく、この8%の方々をもまた包み込んで祈りを捧げられているのが天皇陛下というご存在なのですが、この8%の方々にはそういう有り難さが全く分かっていないのでしょう。
私は腹が立つというよりむしろ可哀相に思います。だってせっかく日本人に生まれたのにもったいないじゃないですか!
(あ、でもこの世論調査は日本国民限定ではないだろうから、ひょっとして8%の中には外国人もかなり含まれてる可能性大?)
千葉大学名誉教授の清水馨八郎さんは、著書「今、世界が注目する『日本文明』の真価」(文庫版・平成14年発行)で、このように述べています。
先祖を辿っていくと皇室に行き着くという、この逆ネズミ算の理屈は「理屈」としては分からなくはありません(但し数字に強い人はもうお気づきでしょうが、実はこの「ご先祖様の逆ネズミ算」にはバラドックスが潜んでいます)が、「実感」はあまり湧きません。
要するに「感覚」として、私みたいに平凡な一国民の血が「天皇の血と同じ」だなんて、畏れ多くてとても思えないってことなんです。
ただ、このたびの政府主催の「天皇陛下御在位20年記念式典」を見ていた時のことです。新潟県中越地震の被災者を代表して同県の泉田裕彦知事が祝辞を述べた中で、天皇皇后両陛下の忘れられないエピソードとして以下のような話をしていたので、ハッとしました。
「昨年9月、両陛下に山古志の復興状況をご視察いただいた時のことです。復興が進み、元気を取り戻した被災者に、両陛下がねぎらいといたわりのお言葉をおかけ下さったあとに、80歳ぐらいのおばあさんが『自分は歳を重ねているのでおかしな話だが、まるで両親がお見舞いに来て下さったようだ』と感激をされていました。私はその言葉を聞き、どんな時でも分け隔てなく国民をご心配し、慈しんで下さる両陛下は、国民にとって無償の愛を我が子に授けて下さる両親のような存在として、国民の心の支えになって下さっているのだと改めて思いました」
ひょっとしてこのおばあちゃま、清水馨八郎さんの言うように、理屈じゃなく直感で「皇室と国民の関係は親子の関係と同じ」「天皇の血と国民の血は同じ」だと理解してる!?「血が共鳴」してる!?
……って、考えすぎかな(^_^;
ま、血の問題は置くとしても、「国民は意識しなくとも天皇に近づくと親愛と感動を覚える」、これは多くの人が感じていることですよね。
何年か前に、やしきたかじん氏もそれに類する話をしていました。
過去のエントリーを検索したところ、2005年11月6日放送の「たかじんのそこまで言って委員会」での発言でした。この回では女性天皇・女系天皇の問題が取り上げられたのですが、彼はその時、このように述べています。
「この前、天皇賞に天皇陛下が約100年ぶりにお見えになられまして。10数万人ぐらい客がおって。で、1着になった松永幹夫騎手が、馬上から帽子を取って陛下に向かって一礼したら、10数万人の客がシーンとなった。ああ、やっぱり日本人は、こういうバクチ場でも畏敬の念を、老いも若きも持っているんだなと。彼が天皇陛下に向かって礼をした時に、何とも言えん、胸が熱くなったのは、私だけでしょうか?」
そう、お姿を拝見するだけで、それがたとえテレビ越しであっても、何とも言えん、胸が熱くなるんですよ。ほんと、なぜなんでしょうね。
これだけは言えるのは、天皇と国民の間には大きな、深い、温かい、そんなつながりが確かに存在しているということです。決して理屈では計れないけれども、何かしらのつながりが。
結局、この問いに対する現時点での私の結論は、やはり竹田恒泰さん(と葦津珍彦氏)のお言葉に立ち返るのです。
(以下、拙エントリー08/10/11付:天皇はなぜ尊いか(付:石井選手の発言)より抜粋引用)
「天皇はなぜ尊いか。私も何年間も考えておりました。考えた挙げ句、思想家の葦津珍彦(あしづ・うずひこ)先生の全集を読んでいた時、『これだー』と思った一節に当たりました」
「天皇はなぜ尊いか。これについては『言葉では説明できない』と。これだけ論理的に明解に説明される先生が、説明ができないとおっしゃるんですね」
「ただし、葦津珍彦先生は、世界の中で天皇ほど非政治的な君主はないが、国民に対してこれほど影響力を持っている君主もないのだということを言っているわけですね。それで国民はいろんな理由で天皇を尊敬する。その尊敬もいろいろバラバラであるというわけです。でもバラバラでいいということなんですね。ただ、それが今だけの話ではなくて、五十年前も百年前も、それこそ幕末だろうが江戸時代、平安時代、もう日本のわが国の歴史始まって以来、その状況は変わらなかったというわけです」
「故高松宮殿下のお言葉を借りれば、なぜ二千年皇室が続いてきたか。それは歴史的に国民によって守られてきたからです。ですからもしどこかの時代で、天皇なんか要らないという時代が一カ所でもあれば、今皇室はなかったわけですよね。どの時代も国民が守り続けた」
「天皇を殺してしまおうなどという勢力はなかったわけです。そういう勢力があって戦いながら勝ち進んできた現在なのではなくて、もともとそういう発想がなかったわけです。それを考えると、なぜ尊いかといったら、いろんな理由があって、もうそれは説明できない。それを教えていくのは非常に大変なことで、天皇とは何かなどということを明確に書いて、それを読んだらわかっちゃうような教科書ができようはずもないわけですよね。ただし、一つの材料として歴史はこうだとか、歴代の天皇はこうだったんだ、もしくは昭和天皇はこう対応されたんだと、そういったことをいろいろと知る中で、一人ひとりが、あ、だったら僕はこう思うなという、そういうものを大切にしていけばいいんじゃないかと思うんですね」
そう、理由付けはどうでもいい。頭で考えるのでなく、心で感じればいい。国民がそれぞれの思いの中で、天皇と皇室を敬慕しながら、それを次世代につなげていけばいい。
天皇陛下御即位20周年を迎え、改めてそう感じた私です(^o^)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
以下は余談です。
政府主催の「天皇陛下御在位20年記念式典」、最後に式典委員長の鳩山総理の発声(音頭)で万歳三唱がありました。
(画像クリックで新規拡大します)
が、残念なことにハッティの「万歳」のやり方が間違ってます(画像上)。これは掌を相手に向ける「降参」のポーズ。
画像下、中央(招待者席向かって前列右端)の男性がされている、掌を内向きにする「万歳」が正解。ちなみに、この方は日本パラリンピアンズ協会会長で競泳の第一人者の河合純一さんです。
この話にはさらに余談があって、民主党の総理大臣はやっぱダメね〜と思ったのも束の間、夜の「国民祭典」の万歳三唱で発声をした森喜朗元総理も、何とハッティと同じ「降参」ポーズをとっていたという。ダメじゃん森さん!(T^T)
・参考リンク
ツカサネット新聞>9/3付:こんな『万歳』有り得ない!〜正しい『万歳』のやり方とは
ヨッシーの愚痴さん>9/16付:選挙関係者の皆さん、「万歳」と「お手上げ」の違いをご存知か?
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
※拙ブログ関連エントリー
・カテゴリ>皇室
・カテゴリ>皇室(旧ブログ)
・09/1/6付:「たけしの“教科書に載らない”日本人の謎」良かったです
天皇陛下が元日の朝4時からたったお一人で行われている祭祀「四方拝」について詳しく紹介されています。またビートたけし氏の伊勢神宮レポートも。
■「お気楽くっくり」更新済
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まぁでも祝日であろうがなかろうが、このめでたき日をお祝いする気持ちを多くの国民が抱いていることには変わりはないですから、私はさほどこだわってはいません。
当日の昼前、いつものように仕事で近所の公立小学校の前を通った時、正門に大きな国旗が掲げられ、風にはためいており、大変清々しく感じました。
もしこの日が祝日だったら、子供たちが登校することもなく、従ってこの大きな日の丸を目にすることもなかったわけですから、かえって祝日でなくて良かったかもしれないと思ったぐらいです。
ただ、何でこの日に日の丸を掲げているのか、その理由を子供たちは先生からきちんと教えてもらったんでしょうか?そのへんは若干気にはなりますが(^_^;
さて、当日は政府主催の「天皇陛下御在位二十年記念式典」や、民間主催の「天皇陛下御即位二十年をお祝いする国民祭典」が催され、国全体が大いに祝賀ムードに包まれました。
政府主催の方はNHKが生中継していましたが、民間主催の方は中継はなかったみたいですね。
テレ朝とか、よくゴールデンタイムに皇室特番を放送してるんだから、こういうおめでたい式典こそ放送してくれればいいのに……と思ったのは私だけでしょうか?(T^T)
EXILE(エグザイル)のパフォーマンスについては、やる前から賛否両論ありましたよね。
私は「もっとふさわしいアーティストがいるのでは」と思いつつも、どちらかと言えば賛成派でした。というのも、EXILE目当てで参加した若い人たちの中で、これを機に天皇や皇室に関心を持つ人も出てくるんじゃないかと期待を込めたからです(実際、関心を持ってくれたっぽい女子高生のコメントが時事通信に載ってました)。
翌13日の「とくダネ!」で、EXILEの歌の部分がノーカットで放送されました。私は彼らの歌をちゃんと聴いたのはこれが初めてなんですが、なかなか良かったと思います(tafuさんのブログに歌詞と楽譜がUPされています)。
あとはテレビのニュースで細切れに見ただけなんですが、天皇陛下が最後に、集まった国民に対して感謝のお言葉を述べられていましたね。
「少し冷えこみ、皆さんには寒くはなかったでしょうか。本当に楽しいひとときでした。どうもありがとう」と。
もしも私があの日あの場にいて、陛下からこのような優しさに溢れたお言葉を頂戴したら、きっと寒さもいっぺんに吹き飛んだだろうなぁ(^o^)
っていうか、当日あの場にいた皆さんは「ご高齢の天皇皇后両陛下がこのようにお寒い中を……、お身体は大丈夫だろうか……」って、心配になったんじゃないでしょうか。
そういや、天皇皇后両陛下のご健康の問題を理由にして、宮中祭祀を簡略化あるいは廃止すべきなんてことを言っている知識人がいるらしいですが、とんでもないことだと思います。
天皇は祭祀王です。「祈り」こそが天皇の最大のお務めなのです。ご負担を減らすというなら宮中祭祀よりもまずはご公務からでしょう。
昭和天皇もそうだったらしいですが、今上陛下もことのほか宮中祭祀にご熱心であると聞きます。ご自身そして皇室の存在理由が何であるかを、当然のことながら重々理解されているということなのでしょう。
この20年間で私が一番心に残っている今上陛下のお姿、それは平成17年6月28日、バンザイクリフにて皇后陛下とともに黙礼をされているこのお写真です。
先ほど触れたように、天皇の本質は「祈り」であり、125代にわたってそれを連綿と継承されてこられました。
今上陛下の20年間の治世の中で、その「祈り」が最も国民に分かりやすい形で示されたお写真のうちの1枚が、このバンザイクリフでのお姿だと私には感じられるのです。
ところで、天皇陛下御即位20年にあわせてNHKが世論調査を行いましたが(元ニュース記事すでにリンク切れにつき2ちゃんねる参照)、その中に「天皇制についてどのように考えるか」(「天皇制」って言うなよ(-.-#))という設問がありました。
「天皇制は廃止すべき」と回答した人は8%だったそうです。
思想や立場など一切分け隔てなく、この8%の方々をもまた包み込んで祈りを捧げられているのが天皇陛下というご存在なのですが、この8%の方々にはそういう有り難さが全く分かっていないのでしょう。
私は腹が立つというよりむしろ可哀相に思います。だってせっかく日本人に生まれたのにもったいないじゃないですか!
(あ、でもこの世論調査は日本国民限定ではないだろうから、ひょっとして8%の中には外国人もかなり含まれてる可能性大?)
千葉大学名誉教授の清水馨八郎さんは、著書「今、世界が注目する『日本文明』の真価」(文庫版・平成14年発行)で、このように述べています。
なぜ皇室伝統は、かくも長く続いているのか
戦前の日本人は、日本の国体とは何かと問われると、即座に万世一系の天子の国と素直に答えた。元旦には「一系の天子、富士の山」と口ずさんで、平和な天皇の「日の本の国」に生まれたことをしみじみと感謝してきた。
戦後はまた、戦前と違った様相を呈してきてはいるが、皇統が絶えることなく続き、国民の大多数がこれを敬慕していることには変わりがない。
この世界に比類なき皇室の伝統は、神代から続く伝統を保持しようとする皇室の努力と、これを守り育ててきた日本民族の知恵の結晶だったのである。
ご承知のとおり、今日も天皇は日本国の象徴であり、国民統合の象徴で、国家元首である。時代状況は変わってもこれは古代から現代まで一貫している。この統合性と連続性こそ、日本の天皇制の特色である。だから好むと好まざるとにかかわらず、天皇制を無視し、これに触れない日本論は成り立たないのである。
なぜ皇室は皇統連綿として百二十五代、二六六二年も絶えることなく続いてきたのだろうか。それは、共産党が皇室を侮蔑して「天皇制」と呼ぶような「制度」ではなかったからである。それは誰が制定したわけでもない、民族の中に自然に育まれた文化だったのである。
特定の実力者が創りあげた「制度」ならば、別の野心家によって、中国の易姓革命のように何度も変革されていたはずである。ところが皇室はそうではない。この皇道は、神道の発生と同根で、民族がこの風土から学びとった「惟神(かんながら)の道」と見ることができる。
国民は、伊勢神宮や各地の氏神を畏敬をもって何千年も維持してきたように、皇室に反逆するなど考えもせず、親愛の情をもって守ってきたものである。それはけっして人が創った「制度」でなく、自然に生まれた神ながらの道の中心的存在だったからだ。
皇室と国民の関係は、本家と分家、君民一体の絆は、親子の関係と同じである。国民は天皇との関係を理論的に知らなくとも、天皇の御前に立つと、ジーンとした血のざわめきを覚える。それは天皇の血と私たちの血が同一起源から発して、常に共鳴するからである。これを実証するには、次のように考えればよい。
一人の人間が存在するためには、父母という二人の親が必要、二代前は四人の祖父母が必要と考えていくと、十代前までさかのぼると先祖の数は一〇〇〇人台に、二十代前では一〇〇万人台に、三十代前では一〇億人を越える。ネズミ算の逆算である。ところが百二十四代前の神武天皇の昔から、日本の国土に生きてきた日本人の数はたった四、五億人と推計されている。だから相互に親を、先祖を何度も共有し、親戚同士でなければ数が合わない。
日本は島国で、三〇〇〇年来、異民族の大量渡米もなく、侵略されることもなく、完全封鎖、鎖国社会の純粋培養で、相互に血のつながりを持ちあって形成されてきた。だから天皇家を本家とする一大家族国家になるのは当然であった。誰でも日本人は、どこかで天皇家とぶつからねば、自己は存在しなかったのである。
歴史上、源氏と平氏は宿命的な対立関係にある家柄だと教えられてきたが、元を質(ただ)せば、平氏は桓武平氏(五十代・桓武天皇)、源氏は清和源氏(五十六代・清和天皇)と言われるように、数代前の先祖は、ともに天皇家からの枝分かれだったのである。
日本人は、個人より家柄を大事にする民族である。どの家の墓碑銘も、たいてい「○○家の墓」で、個人の名は主張しない。どの家も数代前の先祖は辿れても、その先を知ることは困難である。そこで総本家としての天皇家の血統を正しく伝えておけば、それで自分の系譜を代表することができる。民族の種の起源、出生の秘密を天皇家に代表して守り続けたのは、素晴らしい知恵だったのである。
かくて天皇の血と国民の血は同じであり、日本人は皆、「己の中に天皇をみて」暮らしているのである。だから国民は、意識しなくとも天皇に近づくと血が共鳴し、親愛と感動を覚える。「君が代」が栄え永続することは、国民皆が栄えつづけることと、まったく同義なのである。
先祖を辿っていくと皇室に行き着くという、この逆ネズミ算の理屈は「理屈」としては分からなくはありません(但し数字に強い人はもうお気づきでしょうが、実はこの「ご先祖様の逆ネズミ算」にはバラドックスが潜んでいます)が、「実感」はあまり湧きません。
要するに「感覚」として、私みたいに平凡な一国民の血が「天皇の血と同じ」だなんて、畏れ多くてとても思えないってことなんです。
ただ、このたびの政府主催の「天皇陛下御在位20年記念式典」を見ていた時のことです。新潟県中越地震の被災者を代表して同県の泉田裕彦知事が祝辞を述べた中で、天皇皇后両陛下の忘れられないエピソードとして以下のような話をしていたので、ハッとしました。
「昨年9月、両陛下に山古志の復興状況をご視察いただいた時のことです。復興が進み、元気を取り戻した被災者に、両陛下がねぎらいといたわりのお言葉をおかけ下さったあとに、80歳ぐらいのおばあさんが『自分は歳を重ねているのでおかしな話だが、まるで両親がお見舞いに来て下さったようだ』と感激をされていました。私はその言葉を聞き、どんな時でも分け隔てなく国民をご心配し、慈しんで下さる両陛下は、国民にとって無償の愛を我が子に授けて下さる両親のような存在として、国民の心の支えになって下さっているのだと改めて思いました」
ひょっとしてこのおばあちゃま、清水馨八郎さんの言うように、理屈じゃなく直感で「皇室と国民の関係は親子の関係と同じ」「天皇の血と国民の血は同じ」だと理解してる!?「血が共鳴」してる!?
……って、考えすぎかな(^_^;
ま、血の問題は置くとしても、「国民は意識しなくとも天皇に近づくと親愛と感動を覚える」、これは多くの人が感じていることですよね。
何年か前に、やしきたかじん氏もそれに類する話をしていました。
過去のエントリーを検索したところ、2005年11月6日放送の「たかじんのそこまで言って委員会」での発言でした。この回では女性天皇・女系天皇の問題が取り上げられたのですが、彼はその時、このように述べています。
「この前、天皇賞に天皇陛下が約100年ぶりにお見えになられまして。10数万人ぐらい客がおって。で、1着になった松永幹夫騎手が、馬上から帽子を取って陛下に向かって一礼したら、10数万人の客がシーンとなった。ああ、やっぱり日本人は、こういうバクチ場でも畏敬の念を、老いも若きも持っているんだなと。彼が天皇陛下に向かって礼をした時に、何とも言えん、胸が熱くなったのは、私だけでしょうか?」
そう、お姿を拝見するだけで、それがたとえテレビ越しであっても、何とも言えん、胸が熱くなるんですよ。ほんと、なぜなんでしょうね。
これだけは言えるのは、天皇と国民の間には大きな、深い、温かい、そんなつながりが確かに存在しているということです。決して理屈では計れないけれども、何かしらのつながりが。
結局、この問いに対する現時点での私の結論は、やはり竹田恒泰さん(と葦津珍彦氏)のお言葉に立ち返るのです。
(以下、拙エントリー08/10/11付:天皇はなぜ尊いか(付:石井選手の発言)より抜粋引用)
「天皇はなぜ尊いか。私も何年間も考えておりました。考えた挙げ句、思想家の葦津珍彦(あしづ・うずひこ)先生の全集を読んでいた時、『これだー』と思った一節に当たりました」
「天皇はなぜ尊いか。これについては『言葉では説明できない』と。これだけ論理的に明解に説明される先生が、説明ができないとおっしゃるんですね」
「ただし、葦津珍彦先生は、世界の中で天皇ほど非政治的な君主はないが、国民に対してこれほど影響力を持っている君主もないのだということを言っているわけですね。それで国民はいろんな理由で天皇を尊敬する。その尊敬もいろいろバラバラであるというわけです。でもバラバラでいいということなんですね。ただ、それが今だけの話ではなくて、五十年前も百年前も、それこそ幕末だろうが江戸時代、平安時代、もう日本のわが国の歴史始まって以来、その状況は変わらなかったというわけです」
「故高松宮殿下のお言葉を借りれば、なぜ二千年皇室が続いてきたか。それは歴史的に国民によって守られてきたからです。ですからもしどこかの時代で、天皇なんか要らないという時代が一カ所でもあれば、今皇室はなかったわけですよね。どの時代も国民が守り続けた」
「天皇を殺してしまおうなどという勢力はなかったわけです。そういう勢力があって戦いながら勝ち進んできた現在なのではなくて、もともとそういう発想がなかったわけです。それを考えると、なぜ尊いかといったら、いろんな理由があって、もうそれは説明できない。それを教えていくのは非常に大変なことで、天皇とは何かなどということを明確に書いて、それを読んだらわかっちゃうような教科書ができようはずもないわけですよね。ただし、一つの材料として歴史はこうだとか、歴代の天皇はこうだったんだ、もしくは昭和天皇はこう対応されたんだと、そういったことをいろいろと知る中で、一人ひとりが、あ、だったら僕はこう思うなという、そういうものを大切にしていけばいいんじゃないかと思うんですね」
そう、理由付けはどうでもいい。頭で考えるのでなく、心で感じればいい。国民がそれぞれの思いの中で、天皇と皇室を敬慕しながら、それを次世代につなげていけばいい。
天皇陛下御即位20周年を迎え、改めてそう感じた私です(^o^)
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以下は余談です。
政府主催の「天皇陛下御在位20年記念式典」、最後に式典委員長の鳩山総理の発声(音頭)で万歳三唱がありました。
(画像クリックで新規拡大します)
が、残念なことにハッティの「万歳」のやり方が間違ってます(画像上)。これは掌を相手に向ける「降参」のポーズ。
画像下、中央(招待者席向かって前列右端)の男性がされている、掌を内向きにする「万歳」が正解。ちなみに、この方は日本パラリンピアンズ協会会長で競泳の第一人者の河合純一さんです。
この話にはさらに余談があって、民主党の総理大臣はやっぱダメね〜と思ったのも束の間、夜の「国民祭典」の万歳三唱で発声をした森喜朗元総理も、何とハッティと同じ「降参」ポーズをとっていたという。ダメじゃん森さん!(T^T)
・参考リンク
ツカサネット新聞>9/3付:こんな『万歳』有り得ない!〜正しい『万歳』のやり方とは
ヨッシーの愚痴さん>9/16付:選挙関係者の皆さん、「万歳」と「お手上げ」の違いをご存知か?
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※拙ブログ関連エントリー
・カテゴリ>皇室
・カテゴリ>皇室(旧ブログ)
・09/1/6付:「たけしの“教科書に載らない”日本人の謎」良かったです
天皇陛下が元日の朝4時からたったお一人で行われている祭祀「四方拝」について詳しく紹介されています。またビートたけし氏の伊勢神宮レポートも。
■「お気楽くっくり」更新済
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Comments
学校でも天皇陛下の偉大さは教えませんから、情報収集能力の無い情報弱者は正しい判断ができないのかもしれません。普通は年齢が上がるにつれて、天皇陛下の偉大さが理解できるようになるのですが...。
丁寧な深い考察のエントリー、ありがとうございます。心から感謝申します。
陛下のご挨拶の終わりの「ありがとう。」のお声が、今も熱いものと共に胸によみがえります。 なんと畏れ多い!!
でもこの気持ちが正に血が騒ぎ揺らめく実感です。
もう一回、くっくりさん、ほんとうにありがとうございます。
http://www.shugiin.go.jp/index.nsf/html/index_seigan.htm)
「外国人住民基本法」は、参議院にしか提出されてないけど、
「重国籍」については、衆議院・参議院とも両方に3件ずつ請願がだされてる。
なにより、「在日」にピンポイントで当てはまる。
実際、「重国籍」が可能になれば、参政権や住民基本法なんていとも簡単にクリアする。
外国人参政権をストレートに求めたりして憲法違反と言われるよりも
「国籍法」を弄くって「日本人」の定義を変えた方が、議会で採決するだけで済む。
憲法において日本人の定義、国籍の定義は「国籍法」に一任されているからね。
だからこそ、先日の国籍法改正は色々問題点指摘されていても議会内部で通すことが出来たし
重国籍を容認する手続きも同じように議会を通せば、国民の審査を受ける必要がない。
一方、韓国でも、
重国籍を初めて容認へ、国籍法改正案を立法予告 2009/11/12 17:38 KST
【ソウル12日聯合ニュース】
出生による重国籍取得者、外国の優秀な人材、外国籍の高齢の在外韓国人らに対し、
制限的に重国籍を認める方向で国籍法の改正が進められる。
法務部は12日、重国籍を持つ韓国人の韓国籍放棄を防ぐため、
初の重国籍を認定する内容を骨子とした国籍法改正案を13日に立法予告すると明らかにした。
(以下ry
http://japanese.yonhapnews.co.kr/Politics2/2009/11/12/0900000000AJP20091112002800882.HTML
この二つは連動しているように見えます。もし出来れば、もっと多くの人が見えるように、記事にしていただけないでしょうか?
このHPは訪問者もたくさんいらっしゃるようなので、厚かましいとは思いますが、よろしくお願いします。
出張から帰って来ました。
帰りの飛行機で、日本時間で昨日の新聞に祝賀の記事が出ていましたが、陛下のお言葉と、宮城前に集まった人たちと提灯を振るお姿に、涙が出そうになりました。
皇后陛下を一度30mほど向こうからお見かけしたことがありましたが、それはそれは神々しいオーラが全身から発せられておられました。(私は土下座しそうになりました。)
私も行きたかったです。
天皇、皇后両陛下万歳、日本に弥栄あらんことを。
それにつけても、オバマと天皇陛下の昼食会を欠席する鳩山の外交センスはやはり最低ですね。
http://sankei.jp.msn.com/culture/imperial/091114/imp0911141251004-n1.htm
オバマ大統領、天皇・皇后両陛下と昼食会 写真7枚
http://www.afpbb.com/article/life-culture/life/2663709/4908721
皇后さま言及に松井秀がコメント発表
http://sankei.jp.msn.com/culture/imperial/091114/imp0911141016002-n1.htm
「明確なメッセージ、期待」=オバマ氏拉致言及に被害者家族−米大統領演説
http://www.jiji.com/jc/c?g=pol_30&rel=j7&k=2009111400214
韓国メディア「小沢氏は拉致解決より日朝関係」と報道 民主党は否定
http://sankei.jp.msn.com/politics/situation/091113/stt0911131841007-n1.htm
「連綿と続くこのお血筋を私たちの代で途絶えさせてはいけない。さらに言うと、自分たちの代で途絶えさせることがあったとしたら、先人の方々そしてこれからの世代の人々に対する取り返しのつかない所業となるだろうと恐ろしさも感じます。NHKの世論調査で「女系天皇もよい。」とした人の割合が高かったことが心配ですが、おそらく「愛子様」が天皇に御即位されてもいいのではないかぐらいの気持ちだったのではないか、あるいは、男系・女系の意味がわかってないのじゃないかと思いました。
夕方、帰宅運転中、祝賀のニュースが流れたので映像が見えるようにしお言葉を聞きました。わかりやすいお言葉で述べられておりジーンときました。お言葉を聞きながら、天皇陛下御在位20年。日本もいろいろあってるが無事にここまできた。これからも日本の象徴として皇室が存続し、日本も日本人の日本として続いていってほしいとほんとに聞きながら思いました。
話は変わりますが、今日少しうれしかったことがありました。ある施設の施設祭りがあったのですが、展示コーナーにチベットのコーナーがあり、年表で「中共の侵略」とか「抵抗運動が始まる」などの字句が見られたことと、チベット国旗(雪獅子旗?)が掲揚されていたことです。一般的には、中共の侵略とかもともとは独立国だったことなどあまり知られてないと思ってたので、その展示を見た時はうれしかったです。
マリオン前の街頭宣伝、参加できず残念でした。でもきっと沢山の方がいらっしゃったんじゃないかなー。
両陛下のご即位二十周年、万歳!万歳!万歳!です。私も当日は朝から沢山のご公務がおありになった後の行事でしたから、お寒い中、お風邪を召されないかとハラハラしました。今日はオバマ大統領とご会食でしたものね。
記念式典ではEXILEの歌が終わると帰ってしまう若者が沢山いたとかで大変残念でした。でもそんな中にもきっと両陛下のお心に触れて感動された人がいたのでは?とちょっと期待しています。
山古志村のおばあちゃんの話、私も同感です。一般国民は理屈ではなく、感覚的にご皇室の存在を身近に感じ、尊敬しているのだと思います。それを無理やり頭でっかちに考えるのが左翼思想に染まった方でしょう。
今、兵本達吉さんの「日本共産党の戦後史」を読んでいますが、戦前コミンテルンの使命により立党した共産党は、ソ連から「天皇の処刑」を綱領とするよう命じられて、あまりの恐ろしさに自ら解党してしまった事が数回あるそうですw。解党→ソ連に非難される→立党の繰り返しだったとか。
何てヘタレな政党でしょうw。ヘタレのみならず、宮本顕治ら数名による党員へのリンチ殺害事件も凄まじいもので、ハマコーが「宮本顕治は人殺し」と発言したのもむべなるかなと納得しました。
お目出度い時に変な発言ですみません。まあ左翼というのは結局こんなものという事で。
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NHKの7時のニュースでご即位二十周年に反対する団体のデモ(たかだか数十名)を「式典の報道の前に」わざわざ報道してました。
いやー反対する人達のみっともない事、醜いこと。反対するならもうちょっとキチンとした身なりでやって欲しいですねー。
っていうか、反対する奴自体、ご皇室について何も分かってないのかと。
失礼しました。
皆様も出来る限りのご参加を。
詳しくは此方↓
http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-698.html
自分は万歳の仕方はゴー宣で学んだ口でしたなぁ・・・。
http://sankei.jp.msn.com/photos/culture/imperial/091114/imp0911141251004-p1.jpg
http://sankei.jp.msn.com/photos/culture/imperial/091114/imp0911141251004-p2.jpg
いつも個別にレスを差し上げられず申し訳ありません。
普通の国民さん、おれんじさん:
私もNHKのそのニュースには不愉快な思いをしました(T^T)
以下は12日の夜7時のニュースでそのデモが報道された直後、実況スレッドにUPされた画像ですが、画面中央上のあたりに映ってるのは何なんでしょう?そっちの方が気になっちゃって(^^ゞ
http://boyakuribbs.progoo.com/bbs/tmp/pre_boyakuribbs_1c842124fd.jpg
あまり似てないけど昭和天皇のつもりなんでしょうか?いずれにしても不愉快ですわ。
http://www.youtube.com/watch?v=E3ybqH2zpvY
うっすら見えているのは昭和天皇の骸骨パペットです。
反天連の8/15反靖国デモで掲げられていました。在位20年を祝わないの横断幕も同じですね。
http://www.labornetjp.org/news/2009/0815shasin
彼らを粉砕するデモ参加者が奪ったものが動画に出てきます。
http://www.youtube.com/watch?v=3KXEeWfUsBk
http://www.youtube.com/watch?v=674BqlXJXk4
しかし、たまにふと思うところがあるんですよ^^;
日本で一番自由がない人かなと。。。
私たちのように、やりたいことや、自分の発現もできないですからね〜
生まれたときから、 決められた教育や道、天皇になれば、過度の賛成や反対な意見。。
たまに、幸せなのかなと、思ってしまいます。。 (余計なお世話かな?^^;
私の考え変ですかね〜^^
皆さんはどう思いになりますか〜^^
某辞書に載っている語義は下記の通りです。
1. expulsion from one's native land by authoritative decree.
2. the fact or state of such expulsion: to live in exile.
3. a person banished from his or her native land.
4. prolonged separation from one's country or home, as by force of circumstances: wartime exile.
5. anyone separated from his or her country or home voluntarily or by force of circumstances.
6. the Exile, the Babylonian captivity of the Jews, 597–538 b.c.
皇室も含めた日本国民をそうしようとしている人々の隠謀を象徴するかのようではありませんか。名前だけで失格です。あてつけのようでもあるし、脅しのようでもあります。
>Aliceさん
和訳も併記していただければわかりやすいとおもいます。
1. 正式の法令による人の故国からの追放。
2. そのような追放の事実か州: 流刑生活を送るために。
3. その人の故国から追放された人。
4. 1つの国から分離を長引かせるか、または事情が同じくらい無理矢理家へ帰る、: 戦時の追放。
5. だれでもその人の国か家から自発的または行きがかり上分離しました。
6. Exile、#ユダヤ人、597、および8211年のバビロン捕囚; 538 b. c。
あまり良い意味ではないですね。
・
それから万歳の仕方ですが勉強になります。
自分は間違って覚えていたので…。
今回も、万歳の仕方、なるほど、と思って、我が家で蘊蓄をたれておりましたら、私の父(幼年学校、士官学校出身、旧陸軍軍人)が、「そんな万歳の仕方、聞いたことないぞ」と申し、元軍人が知らないとは、おかしいな、と思って調べたところ、ウィキペディアによれば、「万歳三唱令」は1990年代に出回った偽文書である、とのこと。ただし、この出所も不明な文書にのっとって、万歳の作法なるなものが、現在、かなり広まっていることは事実です。「マナー指南」に弱い日本人の意識にうまく入り込んだことなどが考えられる、とウィキペディアは結んでいますが、さて、私も真偽のほどはわかりません。
一度くっくり様もご確認いただければと思って、コメントさせていただきました。
ここに御即位二十年式典の話題があるとは露存じませんでした。
さすがですね(^^)v
私も自分の日記に書こうかと思ったんですが、森さんの万歳。あれは酷かった。掌が外を向いているだけではなく、指までバラバラ。まさに降参です。
この式典の模様は、CTVのフジtwoで生中継されていたのを録画して見ました。万歳の場面、何度見てもがっかりです。TVを良く見るとどうも安倍元総理が正しく万歳していたようです。
今回の一連の奉祝行事の件でもう一点気になったのは、御在位か御即位かと言う事です。
私が大学時代に教わったのは、御在位と言う言葉は、崩御された陛下か退位された陛下に対して言う言葉で、御即位と言うのが正しいと言う事でした。
mixiでそれを指摘して、内閣府にもメールをしたんですがね。
ただ、私も元となる資料を提示出来ないので、当然反論はあってしかるべきだとも思います。
で、この件については、その言葉の意味云々以上に、御即位と御在位の言葉の混在が気になりました。
政府主催が御在位で、国民祝典が御即位。委員会が御即位で、万歳した森さんの挨拶が御在位。
言葉を大事にしない政府の姿勢の方が問題だなと思いました。
のんのんねえさん:
情報ありがとうございます。万歳のやり方として、だいぶ前から正しいやり方、間違ったやり方というのがあると私は把握してたんですが、違うんでしょうか(^^ゞ。テレビやネットでもそういう解説をこれまで何度か見てきました。一番最近見たのは小林よしのりさんの「天皇論」です。「万歳三唱令」というのは今回初めて聞きました。これは法律で規定されたものではなく作法(箸の持ち方みたいなもの?)だと思うので、無関係だと思うのですが……。
降参バンザイとはやはり違うと思いますよ。
いつもおこし、ありがとうございます。
木曜の青山氏のニュース解説を楽しみにしてます。たかじんはこちらのテレビでもやってますが(札幌)
NHKのアンケートで、一番きになったのが、女系天皇の意味を知っているひとだけの女系天皇賛成が8割!どなたか、推計統計学に詳しい人に教えてもらいたいのですが、推定量が2000人のサンプルでのアンケートは統計学的にどれほど有意味なのか。
題して「鳩山由紀夫vs.鳩山由紀夫 自らの献金問題を厳しく追求!!」
http://www.nicovideo.jp/watch/sm8824199
万歳三唱令が偽書であると指摘がありましたが、下記のコメントの事実かどうか???
下記のコメント欄を見ると
「Commented by 旧軍のジョーク at 2009-09-07 21:58 x
自衛隊にも一部広まっているそうですが、旧軍の方が嘆いていました。
これは、旧軍の中でのお遊び、冗談であってそれを本気にしている自衛官を観て、真剣に憤慨してらっしゃいました。」
正しい万歳の仕方
http://heibay.exblog.jp/11567200/
チャンネル桜でも取り上げていましたが、
NHKニュースでの御即位20年の取り上げ方は本当におかしかったです。
数十人の反日デモを御即位映像前に流し、
実施したというアンケート内容は、
「天皇は象徴として役割を果たしているか?」「皇室は国民と距離が近くなったか」など、トンデモ質問ばかり。また、「天皇のご公務で評価されるもの(というニュアンス)は?」が選択制で、なぜか選択肢に「祭祀」がなかったり。
明らかにNHKは皇室解体を意思表示していると思われます。もう、本当にNHKは
解体すべきです。
あと、余談ですが、先日のたかじんの委員会で、筆坂氏が夕方ニュース番組のコメンテーターを批判していて、青山さんブログコメント欄で、あれは青山さんを批判していたと書かれているのを見たんですが、そうなんでしょうかね? ピーとか入ってよくわからなかったんですが・・。
長くなり失礼しました。
国会議員であれば、自動的に招待されるそうですが・・。何をしでかすかわからん奴を両陛下のお側に、って危険だと思わないんですかね。
「夕方のニュース」「共同通信」ということで、私はTBSの後藤キャスターのことだと思って聞いてたんですが、違うんですか?(^_^;。ただ、もし筆坂さんが関西在住であれば、分からなくなってきますが。
くっくりさん
その後、青山さんのブログコメント見たら、
やはりTBSの後藤氏だったようです。
アンカーは、関西ローカルですものね。
失礼しました。
告発スクープ『皇太子、中国国家主席夫人が危険な「お忍びオペラ鑑賞」』
「人民解放軍歌舞団」の日本公演になぜ皇太子が〜宮内庁が「報道自粛を要請」
作法へのこだわりをないがしろにせよという趣旨ではありません。
おめでとうございます。という心の有り様が第1かと思うのです。
よしりんが「天皇論」で万歳の仕方を述べているとなると、「天皇論」はベストセラーだけに、またかなり広まるでしょうね。
慣習というのは、そんな風に確立されていくこともあるのかもしれません。
実際のところは、依然不明ですが、ただもちろん、心が大切なのは、当然のことですね。
麻生も偽万歳三唱令鵜呑みww
http://yoshinohibi.air-nifty.com/guti/2009/09/post-d57d.html
テイノー揃いのウヨの中にも
のんのんねえ氏やhatuyama氏のような
良識派がいるのは救いだねwww
サヨに利するためにコメントしたわけではありません。
救いようのないブサヨはほっておきましょう。
ま、最後に一言。
ブサヨは氏ね、と。
横路衆議院議長が拳を振り上げたいわゆる「グウ万歳」をしています。このことは当日2チャンネルでも書き込みがありました。
中継ではきちんと目を向けていなければ「グウ万歳」はわかりません。2コマの写真は有難かったです。
どうも、秋篠宮の昨今の言動は皇太子殿下に対する当てこすりといういか、一部民族派がとなえる廃太子を望んでるのではないかという疑念さえ沸いてきます。
以外に多い京都訪問です。
京都に帰ってきては下さらないだろうかあ・・・帰ってきて〜。
美智子皇后は、本当に皇室の人間になられましたが、皇太子妃殿下にあられては、まだ俗世の臭いが断ち切れないでおられるように見えるので、次世代が心配な私です。