64年目の夏に読む青山さんの新刊&うじき氏親子の「戦争」

2009.08.16 Sunday 02:18
くっくり


 わたしも思う。わたし自身も、共同通信の政治記者時代に、政権の末期になると政局、つまりは欲呆けどもの右往左往をしきりに記事にせざるを得なかった。それ以外の記事は、デスクに受け容れられなかったが、その既存の体制にどっぷりとみずからの意志で漬かっていたのであり、厳しく自問せねばならない。
 ほんとうは政権末期には、その政権がたとえばどのような外交をしてきたかを戦略的に総括し、成と否の両面をフェアに提示することが、たいせつだ。それは日本国民にだけ示すのではない。国際社会にもまた示すから、やり方ひとつで日本の国益が一変する。
 「その政権の外交成果を強調すれば、与党に有利だ」「失敗を明らかにすれば野党に有利だ」という発想が、当然のごとくわたしたちの社会に通用している。外交を知らず、国際関係を知らない、貧しい発想と自戒したい。
 なぜか。
 政権がどう変わっても、与野党が入れ替わっても、日本国の外交は国がある限り、続くからだ。国際社会との付き合いも続くからだ。
 外交の成と否のいずれをも示すことこそ、日本国が諸国それぞれと今後どう付きあいたいかをフェアに提示することである。
 《中略。麻生政権の実績として、不正競争防止法の改正成立(外国企業の産業スパイあるいは国家による技術スパイの動きに一定の歯止めがかかる)、日本の西の最前線である与那国島に自衛隊部隊の初配備を決定、の2点を挙げた後》
 麻生政権が去っても、新政権が法の再改正や自衛隊の配備計画の変更をしない限り、この法的な外交ツールは残り、外交力アップのための自衛隊活用も続く。
 そこに戦略的な意味づけを、もしも新政権が党利党略とは関係なく積極的に補っていけば、日本の国益は充実する。
 これが正しい政権交代だ。政権交代が日本のイメージを下げ続けてきたことを脱却し、むしろ政権交代によって日本の国際社会での発信力を強化する、ただひとつの道なのだ。(p.185-188)

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 わたしは隠岐の島JCの面々に案内されて、八幡家を訪ねた。
 そこには、竹島を漁場としてきた証人を受け継ぐ、静かな意志をもつ漁師たちが待っていてくれた。
 そして未知の貴重な資料にも満ちていた。

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