「朝鮮紀行」イギリス人女性が見た19世紀末の朝鮮(1)
2009.08.09 Sunday 00:52
くっくり
●清国と同じように孔子廟とその教えを記した碑があるのはべつにして、ソウルには公認の寺院がひとつもなく、また僧侶が城内にはいれば死刑に処せられかねなかったので、結果として清国や日本のどんなみすぼらしい町にでもある、堂々とした宗教建築物のあたえる迫力がここにはない。《南大門》外に軍神をまつった小さな堂があり、とてもめずらしいフレスコ画が描かれているが、参拝者に出会ったことはめったになかった。寺院がないのは朝鮮の他の都市の特徴でもある。仏教は李王朝が創建される以前、千年にわたり大衆に好まれた宗教だったが、一六世紀以来「廃止」されており、実質的に禁止されてしまった。聖職者に対して過酷な法律が制定されたのは、三世紀前に日本が侵略してきたとき、日本人が仏教僧に変装して都に入る許可をもらい、守備隊を虐殺したからだと朝鮮人はいう。*1 その真偽はいずれにせよ、朝鮮ではよほど探さなければ仏教の形跡は見つけられない。(p.85-86)
*1 引用者注:Wikipediaによれば、李氏朝鮮時代(1392-)に入ると儒教が国教となったため、仏教は徹底的に弾圧。第4代の世宗の時代(在位1418-1450)までに仏教の勢力は著しく衰退。以降、朝鮮王朝末期まで強い迫害を受けた、とある。
またこちらのサイトによれば、仏教僧がソウルへの出入りを禁止されたのは第11代の中宗(在位1506-44)の時代であり(入れたのは土木工事で使役される際のみ)、秀吉の朝鮮出兵(1592-1598)より明らかに前である。が、朝鮮人が主張するところのこの種の話(「昔、日本人に○○を盗まれた」という種の明らかな言いがかり)は「朝鮮紀行」には幾度となく登場する。
●朝鮮が宗教を持たず、外国人からもたらされた宗教をいそいそと受け入れる国だという考えは捨てるべきである。朝鮮人の受け入れる宗教は、努力せずに金を得る方法を教えてくれる宗教である。無関心がはなはだしく、宗教的機能が欠如しており、興味をそそられる宗教理念が皆無で、孔子の道徳的な教えはどの階級にもたいして影響をおよぼしていない。朝鮮人に言わせれば、自分たちは宗教がなくともとてもうまくやってきたのだから、宗教などにわずらわされたくない、とくにこの世でなにもしてくれないくせに束縛と犠牲をしいる宗教なんぞでわずらわされるのはまっぴらだというわけである。(p.91-92)
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