「朝鮮紀行」イギリス人女性が見た19世紀末の朝鮮(1)
2009.08.09 Sunday 00:52
くっくり
●南山の斜面には簡素で地味な白い木造の日本公使館があり、その下には茶屋、劇場をはじめ日本人の福利に不可欠なさまざまな施設を備えた、人口ほぼ五〇〇〇人の日本人居留地がある。ここでは朝鮮的なものとはきわめて対照的に、あくまで清潔できちょうめんで慎ましい商店街や家々が見られる。女は顔を隠していないし、着物に下駄ばきの人々は日本と同じように自由に動きまわっている。ここではまた下っぱの兵士や憲兵、それにスマートな帯剣の将校も見られる。将校は一定間隔で警備を交代するが、朝鮮では反日感情が根づよいためこのような警戒が必要で、日本公使館員が戦いをまじえつつ海まで逃げざるをえなかったことが二度あった。(p.64)
●ソウルの「風光」のひとつは小川というか下水というか水路である。ふたのない広い水路を暗くよどんだ水が、かつては砂利だった川床に堆積した排泄物やごみのあいだを、悪臭を漂わせながらゆっくりと流れていく。水ならぬ混合物をひしゃくで手桶にくんだり、小川ならぬ水たまりで洗濯をしている貧困層の女性の姿に、男ばかりの群衆を見飽きた目もあるいは生気を取りもどすかもしれない。これはソウルに特有であるが、女性たちは一様に緑の絹のコート——男物のコート——を着ており、「衿」を頭にかぶって目の下で押さえ、耳のところから幅広の長い袖をたらしている。朝鮮の女性はあだっぽい美女ではないので、顔や体を隠すのはむしろけっこうなことである。(p.65-66)
●路地は疥癬〈かいせん〉持ちの犬の天国である。どの家も犬を飼っており、四角い穴から犬は家に出入りする。よそ者が来れば激しく吠え、傘をふると逃げていく。犬はソウル唯一の街路清掃夫であるが、働きはきわめて悪い。また人間の友だちでもなければ、仲間でもない。朝鮮語をはじめ人間の話すあらゆる言語に取り合わない。夜間吠えるのはどろぼうがいるからである。飼い犬といえどほとんど野犬にひとしい。若い犬は春に屠殺され、食べられてしまう。(p.67-68)
●イギリスを発つ前に朝鮮から届いた手紙で、わたしは、朝鮮国内を旅行するのは容易ではない、信頼できる従者を探すのはむずかしいし、信頼できる通訳となるとまず見つからないと知らされていた。((中略))何人もの候補者にわたしは面接した。全員英語はあやふやで、態度はおどおどして煮え切らず、使いものになりそうになかった。旅に同行する意欲充分の候補者もいてなかば契約しかけても、翌日になるとばつが悪そうに椅子のはじでもじもじしながら、母親からむこうにはトラがいるから行くなと言われたとか、三カ月の旅行は長すぎるとか、家からあまり遠くは離れられないとか言う。ようやくこの程度ならと思える英語のできる若い男があらわれたものの、この男は場馴れしたようすで会釈して部屋に入ってくるや、安楽椅子にどっかと腰を下ろし、アームにかけた足をぶらぶらさせたものである!彼は旅についていろいろ質問し、ソウルを離れるのは長期になりそうだから、荷物を運ぶのと自分が乗るのにそれぞれ馬が一頭ずつ必要だと言った。わたしは、旅のわずらわしさを解消するには荷物を極力制限しなければならないと答えた。この男は最低九組の着替えを持たなければ、旅行には出られないという!外国人は二組しか持っていかないものだし、わたしも二組に減らすつもりだと述べると、この男は「ええ、でも外国人は不潔ですからね」と答えた。朝鮮人がこのようなことを言おうとは!そこでわたしはいましばらくソウルに落ち着いて友人たちの世話になり、事態が「好転する」のを信じるしかなかった。(p.70-71)
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