「朝鮮紀行」イギリス人女性が見た19世紀末の朝鮮(1)

2009.08.09 Sunday 00:52
くっくり



●景観は緑が少なく単調である。果樹とひょろひょろの松以外に樹木はない。姿形の美しさもまったくなければ、景色になんらかの風格を与えてくれる門や塀といった排他のしるしもなにひとつない。こういったところがわたしの受けた第一印象だった。しかしのちの旅行でわたしは、朝鮮の冬独特の澄んだ光を浴びたとき、この道から眺めた景色にさえ、思い返してもうれしくなるほどの美しさと魅力があるのを知るようになった。またソウルの場合、一種ふしぎな趣という点では他のどの首都と比べても優劣つけがたい。ただし、どこにでもしゃしゃり出てくる土ぼこりを大きな特徴のひとつとするそのオリエンタリズムは、急速に地表から失われつつある。(p.52-53)

●わたしは昼夜のソウルを知っている。その宮殿とスラム、ことばにならないみすぼらしさと色褪せた栄華、あてのない群衆、野蛮な華麗さという点ではほかに比類のない中世風の行列、人で込んだ路地の不潔さ、崩壊させる力をはらんで押しよせる外国からの影響に対し、古い王国の首都としてその流儀としきたりとアイデンティティを保とうとする痛ましい試みを知っている。が、人ははじめからそのように「呑みこめる」ものではない。一年かけてつき合ったのち、わたしはこの都を評価するにいたった。すなわち、推定人口二五万のこの都市が世界有数の首都に値すること、これほど周囲の美しさに恵まれた首都はまれなことを充分に悟ったのである。(p.55)

●城内ソウルを描写するのは勘弁していただきたいところである。北京を見るまでわたしはソウルこそこの世でいちばん不潔な町だと思っていたし、紹興〈シャオシン〉へ行くまではソウルの悪臭こそこの世でいちばんひどいにおいだと考えていたのだから!都会であり首都であるにしては、そのお粗末さはじつに形容しがたい。礼節上二階建ての家は建てられず、したがって推定二五万人の住民はおもに迷路のような横町の「地べた」で暮らしている。路地の多くは荷物を積んだ牛どうしがすれちがえず、荷牛と人間ならかろうじてすれちがえる程度の幅しかなく、おまけにその幅は家々から出た固体および液体の汚物を受ける穴かみぞで狭められている。悪臭ぷんぷんのその穴やみぞの横に好んで集まるのが、土ぼこりにまみれた半裸の子供たち、疥癬〈かいせん〉持ちでかすみ目の大きな犬で、犬は汚物の中で転げまわったり、ひなたでまばたきしている。(p.58-59)

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