「朝鮮紀行」イギリス人女性が見た19世紀末の朝鮮(1)
2009.08.09 Sunday 00:52
くっくり
*2 関子〈クワンジャ〉=「旅行者は領事館を通して外務省から関子という全国の政府役所に宛てた書状がもらえる。これをたずさえた者は手厚く世話せよ、とくに食べ物、交通、金銭の面倒を見よという書状である。しかし旅行者がソウルできちんと金を払い込んでいるのに、下級官吏が外国人の金銭を立て替えても、政府から返してもらえないことがままあり、この制度は官吏にとってきわめて不愉快なもので、わたし(バード)は金銭のためにはこれを利用しないとイギリス領事に約束した」(p.94)
●(驪州の役所について)庁舎は場所もすばらしく、王室の使う構えも大きくて装飾も多い建物をその敷地内に擁していながら、子供たちの遊び場に使われており、廃屋のようなありさまだった。木造部はくずれ、梁や棟は落ち、塗料ははげ、戸にはった紙は破れてはためき、すすけた壁からは石膏がたれさがり、かつては立派だった門楼も欠けた脚部の上に立っている。中庭の敷石はあるものは沈下し、あるものは浮き上がり、ブタクサとペンペングサがそのすきまにふてぶてしく生えている。貧困と投げやりと憂鬱が極度にはびこっていた。門内には朝鮮の庶民の生き血をすする者たちがおおぜいいる。チロリアンハットに青色の多い粗織り綿の制服を着た兵士、わんさといる雑卒、書記、警官、送達吏がただいま仕事中のふりをしているし、数ある小部屋ではさらに多くの男たちがすずりや筆をそばにおいて床にすわり、長いキセルでたばこを吸っている。(p.119)
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