「朝鮮紀行」イギリス人女性が見た19世紀末の朝鮮(1)

2009.08.09 Sunday 00:52
くっくり



 基本的に朝鮮で見聞きしたこと、感じたことを素直に書いているなという印象ですが、それにしてはバードは当時の政治的状況なんかもよく把握しています。

 まえがきで「協力をいただいた朝鮮在住の友人たち」が紹介されており、その中に駐朝イギリス総領事ウォルター・C・ヒリアー卿、朝鮮税関長J・マクレヴィ・ブラウン氏、ロシア公使ウェーベル氏などの名前があるので、おそらくはこういった筋から情報をもらったのだろうと推測します(もちろんバード自身が帰国後に当時の情勢を調べて記した部分もあるでしょうが)。

 前置きが大変長くなりました。
 以下、イザベラ・バード「朝鮮紀行」の引用です。
 〈 〉内はフリガナ、[ ]内は訳註です。
 フリガナについては固有名詞以外の判りやすいもの(「流暢」「狡猾」など)は省略しました。


 「朝鮮紀行」引用ここから_________________________

●知能面では、朝鮮人はスコットランドで「呑みこみが早い」といわれる天分に文字どおり恵まれている。その理解の早さと明敏さは外国人教師の進んで認めるところで、外国語をたちまち習得してしまい、清国人や日本人より流暢に、またずっと優秀なアクセントで話す。彼らには東洋の悪癖である猜疑心、狡猾さ、不誠実さがあり、男どうしの信頼はない。女は蟄居〈ちっきょ〉しており、きわめて劣った地位にある。(p.25)

●朝鮮の言語は二言語が入り混じっている。知識階級は会話のなかに漢語を極力まじえ、いささかでも重要な文書は漢語で記される。とはいえそれは一〇〇〇年も昔の古い漢語であって、現在清で話されている言語とは発音がまるで異なっている。朝鮮文字である諺文〈オンムン〉[ハングル]は、教養とは漢籍から得られるもののみとする知識層から、まったく蔑視されている。朝鮮語は東アジアで唯一、独自の文字を持つ言語である点が特色である。もともと諺文は女性、子供、無学な者のみに用いられていたが、一八九五年一月、それまで数百年にわたって漢文で書かれていた官報に漢文と諺文のまじったものがあらわれ、新しい門出となった。これは重要な部分を漢字であらわしそれをかなでつなぐ日本の文章の書き方と似ている。(p.32-33)

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