「朝鮮紀行」イギリス人女性が見た19世紀末の朝鮮(1)
2009.08.09 Sunday 00:52
くっくり
この写真、朝鮮史関連のサイトをよく回られている方でしたら、一度はご覧になったことがあると思います。
たとえばこちらのHPにも掲載されています(上から2つ目)。
このソウルの写真が長年私の記憶にずっとあったんですが、今回「朝鮮紀行」のソウルの町並みに関する記述を読んでみて、まさに写真通りだったんだなと再確認できた思いです。
「朝鮮紀行」の著者イザベラ・バードはイギリス人女性です。
1894年(明治27年)1月から1897年(明治30年)3月にかけ、4度にわたり朝鮮を旅行しました。当時60代。パワフルですねー(≧∇≦)
当時の朝鮮は開国直後でした。
バードが最初に朝鮮入りした1894年の8月に日清戦争が勃発、翌年には下関条約により長年支那の「属国」だった朝鮮は独立します。
列強各国の思惑が入り乱れ、まさに激動の時代にあった朝鮮の貴重な記録ということになります(ちなみに日韓併合成立は1910年)。
3分の2ほど読み進めたところでの印象は、バードは朝鮮や朝鮮人に対してかなり辛辣な筆致です。もちろん良い面についても少しは記述していますので、そのへんも含めて引用したいと思います。
また、日本がこの時代、朝鮮に大きく関わっていたこともあり、日本や日本人に関する記述もよく登場します。全体的に評価した記述が多いのですが、政治絡みでは批判的な記述もかなり出てきます。
閔妃殺害事件では特にその傾向が強いです。バードは閔妃に何度も謁見し好感を抱いていたため、それが大きく影響したと思われます(当時の外国人旅行者の中でもとりわけバードは閔妃に信頼されていたようです)。
他に、バードの記述には西洋的あるいはキリスト教的な価値観による偏見めいた箇所、もっとありていに言えば「東洋を下に見た」箇所も多少ありますが、まあ当時としては仕方のないことでしょう。これは「朝鮮紀行」だけでなく「日本紀行」*1にも当てはまることです。
*1 バードは日本も旅行しています。1878年(明治11年)のことです。日本での体験を記した著書は1880年(明治13年)に出版されています。全訳版は現在日本でも読むことができ、講談社学術文庫から「イザベラ・バードの日本紀行(上)(下)」として出版されています。この中身については拙ブログの「外国人から見た日本と日本人」シリーズ(現時点での最新エントリーこちら)で断続的に紹介しています。
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