外国人から見た日本と日本人(8)

2008.12.23 Tuesday 01:45
くっくり


 
■タウンゼント・ハリス=アメリカ人。初代米国総領事。1856年(安政3年)来日。
「日本滞在記」下巻より
 江戸城内で将軍家定に謁見した際の記述

 大君の衣服は絹布でできており、それに少々の金刺繍がほどこしてあった。だがそれは、想像されうるような王者らしい豪華さからはまったく遠いものであった。燦然たる宝石も、精巧な黄金の装飾も、柄にダイヤモンドをちりばめた刀もなかった。私の服装の方が彼のものよりもはるかに高価だったといっても過言ではない。日本人の話では、大君の冠物は黒い漆をぬった帽子で鐘を逆さにした形だという。

 ……裳(はかま)の材料は、豪奢なペナレス織のインド綿襴にくらべると、はるかに粗末な品であった。殿中のどこにも鍍金の装飾を見なかった。木の柱はすべて白木のままであった。火鉢と、私のために特に用意された椅子とテーブルのほかには、どの部屋にも調度の類が見当たらなかった。

※ハリスがここで言いたいのは、日本人の生活は上は将軍から下は庶民まで質素でシンプルだということ。

■ロバート・フォーチュン=イギリス人(スコットランド出身)。植物学者。北東アジアの植物に興味を持ち、中国で植物を集めるために派遣される。その後、1860年(万延元年)に来日。
「幕末日本探訪記」より
 神奈川宿近くの農村についての記述

 馬に乗って進んでゆくと、住み心地のよさそうな小さな郊外住宅や農家や小屋を通りすぎるが、それには小さな前庭がついていて、その地方で好まれる花々が二、三種類植えこんである。日本人の性格の注目すべき特徴は、もっとも下層の階級にいたるまで、万人が生れつき花を愛し、二、三の気に入った植物を育てるのに、気晴らしと純粋なよろこびの源泉を見出していることだ。仮にこのことが一国民の文明の高さのしるしだとするならば、日本の下層階級はわが国のおなじ階級とくらべるとき、大変有利な評価を受けることになる。

■エメェ・アンベール=スイス人。1863年(文久3年)にスイスの時計生産者組合の会長だった時、修好通商条約の締結を目的とした遣日使節団長として来日し、約10ヶ月間滞在。
「幕末日本図絵・上巻」より
 横浜の海岸の住民についての記述

 みんな善良な人たちで、私に出会うと親愛の情をこめたあいさつをし、子供たちは真珠色の貝を持ってきてくれ、女たちは、籠の中に山のように入れてある海の不気味な小さい怪物を、どう料理したらよいか説明するのに一生懸命になる。根が親切と真心は、日本の社会の下層階級全体の特徴である。


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