河村市長頑張れ&支那軍と支那人の特徴及び南京陥落前の大混乱
2012.02.27 Monday 02:23
くっくり
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渡部昇一さんの証言(「WiLL」2007年4月号)。
【当時は、たくさんシナから帰ってきている兵隊さんがいるわけです。
私の同級生で若松さんという女の子がいて、彼女のお父さんは将校でしたが、この人がシナ事変でシナの軍旗を奪取してきたというので、学校で見せてもらったりしました。
シナに出征した軍人は、帰ってきたのです。
しかし、「南京大虐殺」があったような話を聞いたことがない】
【ミッドウェーの敗戦です。あれは海軍当局が完全に隠していたはずですが、ちゃんと情報が漏れていた。私の住んでいる辺りは、トップレベルの極秘情報が漏れてくるような場所じゃないにもかかわらずです。
ここでおかしいと思うのが「南京大虐殺」です。
先に述べたように、シナ事変に出征した人たちは、私の周りだけでも何人も帰ってきています。しかし、誰一人として南京での大虐殺の話などしていません。これはおかしいですよね。
ミッドウェーの敗戦で航空母艦が沈んだことは海軍は徹底的に隠して、あの時、負傷した人たちは病院から出さなかった。それでも、情報は漏れてきたんです。しかし、南京で大虐殺があったなどとは、誰も話していませんでした】
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鈴木史朗さんの証言(「WiLL」2011年4月号)。
【TBSのバラエティ番組『からくりテレビ』の名物コーナーで、私が司会を務めていた「ご長寿早押しクイズ」。毎週数名のご長寿の方にご登場いただき、クイズに答えていただく人気コーナーでしたが、今から十一、二年前、南京戦に参加されていたという会津若松の方にお会いしたことがありました。
撮影の合間に南京の話になり、私が「あそこは大変なことがあったから、もう南京には行けませんね」と声をかけると、その方が「いや、私は死ぬまでにもう一度南京へ行きたいんであります」とおっしゃった。私は驚いて、「どうしてですか」と聞いたところ、こんな話をして下さいました。
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