「アンカー」原発停止要請のウラ側 菅政権『統治セズ』&南三陸町レポ
2011.05.12 Thursday 03:16
くっくり
村西利恵
「入口ですね、そこが」
青山繁晴
「つまり災害があっても生き残れるような庁舎を造ったってことなんですけど、この手前に普通の町役場があったわけですね。で、それはどうなったかというと、例えばここに、ここにわずかにコンクリート見えます?映ります?ここ、ここ町長室なんですよ」
image[110511-15chousha2.jpg]
一同
「(驚き)」
青山繁晴
「で、佐藤仁(じん)町長が、私ここに座ってましたと。ここに机があったんですと」
村西利恵
「もう何もなくなってしまってる…」
青山繁晴
「何もなくなって、例えば、どこから来たのか分かんない車が、これあの、交通事故と違って、もうほんとにぐちゃぐちゃの車、そして、これ、写ってないけど車の後ろに女性のワンピースが絡まってるんですよ。で、それは、タンスとかじゃなくて、あとで自衛官の方に聞いたら、脱がされたものだと思いますよと。そうやってあちこちにこう…」
村西利恵
「(脱がされたのは)波によってですね」
青山繁晴
「ええ。ところが、ここに、これちょっと見にくいけど、この辺りにお花がですね、あ、ここちょっとだけ見えるか、花がね、手向けてあるんですよ。この辺、よく写ってないけど、花なんですね。それどうしてかというと、この防災庁舎に最後に立てこもった人が、その、どんなふうに戦ってくれたか、みんなが知ってるからです。これはですね、だいたい30人いたんですよ、ここに、もとの役場にね。さあ、その地震だ津波だになった時に、佐藤仁町長と一緒に、30人が上がっていって、この階段を通って、そして外の非常階段から屋上まで最終的には行くんですよ。その時に、2人だけ残られたんです、ここ(2階)にですね。何でかというと、この防災庁舎の2階に、緊急時の放送室があったんですよ。で、そこに、1人は三浦毅(たけし)さんという、52歳の課長補佐の方と、それからその部下であった遠藤未希さんっていう24歳の、結婚式間近の方のお2人がとどまって、ここから逃げて下さいって放送をなさったんですね。で、最後にはですね、その、遠藤さんに対して、その、上司の毅さんが、未希もうおまえ上に上がれってことをおっしゃったそうで、そしてその遠藤さんはこっから上がっていって、この非常階段辺りか、屋上辺りかは、証言がバラバラなんですけど、津波で、その、流されていって、そして最後の、あと1回だけ放送するって言った、この毅さんも、その、流されていったっていうことなんですね。そして実は、町に響き渡ったその遠藤さんの声が残ってるんですよ。はい、ちょっと皆さん聞いていただけますか」
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