「アンカー」原発停止要請のウラ側 菅政権『統治セズ』&南三陸町レポ

2011.05.12 Thursday 03:16
くっくり



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村西利恵
「これがその映像(画像)ですね」

青山繁晴
「はい。これは連隊長の直属の部下の南野さんていう、これ僕は、国際基準に基づいて、僕は中佐と呼びます。右翼だから、右翼的な話じゃないんですよ、国際社会では中佐って言ってます、日本では二等陸佐って名前になってますけどもね。えー、この方以下、皆さんが、この指揮所の中で、実は作戦の模様を詳しく説明してくれました。それをちょっと出していただけますか。はい、出して下さい」

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青山繁晴
「で、こうやって説明して下さったんですが、この作戦図をですね、ちょっとアップで見せていただけますか」

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村西利恵
「色が塗られている地図ですね」

青山繁晴
「はい、これ、えー、えー、できる範囲でお話ししますとね、これどういうことかと言うとですよ、これ海ですね、これ被災地なんですが、例えば津波がどういうふうに上がっていったか、そして、その、どこが、その亡骸があるかもしれないポイント、あるいは生存者も含めていらっしゃるかもしれないポイントかっていうのをですね、まずこれ地図作る前に、偵察隊、だから普通で言うと斥候ですね、それをパーッと出していったわけですよ。つまり自衛隊っていうのは本当は、災害対策の部隊なければ、災害用の装具も一切ないんです。本当は国を守るための戦闘用なんで。その技術を活かしてですね、日頃の訓練を活かして、まず情報、情報偵察隊がこうやって探していって、斥候隊が探していって、他に頼るんじゃなくて自分たちで自前の地図を作って、そしてこの赤で示した辺りが重点地域って所にさっきのような自衛官を重点的に投入していったから、その、ご遺体がまだ、あの、いわば傷みが進まないうちに回収して、傷が少なく回収して、ご遺族に渡すこともできたと。だから、その隊員の中で、自然に命令されたんじゃなくて、思い出の品々、あの、アルバムであったり、卒業記念写真であったりを丁寧に探していくっていうことも自然に起きていったわけです。あの、自衛隊の活動を今回ある程度理解されたと、いうふうに見えるかもしれませんけれども、実際のこういう具体的なところはあまり伝わってないので、どれほど彼らが技術高くモラル高くやったかを、考えていただきたいんです」

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