江戸時代を見直そう

2010.03.23 Tuesday 01:08
くっくり



 「ヨーロッパにあってこの日本にないのは、科学技術だけであって、あとのすべてはヨーロッパより優っているのではないか」というのがツュンベリーの感想でした。

 一八六〇年代にイギリスから最初の駐日公使としてやってきたのが、皆さんご存知のラザフォード・オールコックです。はじめは英国帝国主義の尖兵として日本にやってきたわけですが、日本に二年滞在していろいろ見ているうちに、日本に西洋文明を注入して近代化させるのは間違いではないかと感じるようになりました。

 外国人として初めて富士山に登ったオールコックは、下山後、伊豆半島の北を回って熱海に出て戻ってきますが、その時に韮山あたりで、里山とその前にきれいに広がる村を見るのです。そこで農民たちが実に美しき田畑をつくっている。こういう豊かで美しい田園風景を見ると、自分たちはイギリスから派遣された使節として、この日本を変革させ開国させようとしているのは、実は罪ではないかとさえ思うようになったと彼は書いているのです。

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【「浮世絵手本 初編」(天保十一年)より短冊絵/月見、重陽、恵比寿講】

■石川英輔(作家)

 なぜ歴史学者は悪いことばかりをほじくり出して研究するようになったのか、その理由について井沢元彦さんが『逆説の日本史』で、日本の史学三大欠点として説明しています。その一つに史料至上主義があります。つまり紙に書かれていないことは無視するんです。私が井沢さんに「本当にそうなの?」と尋ねると、「だいたいそういう傾向だ」と。それなら悪いことしかないのが当たり前です。今日私たちが目にする現代の資料はテレビのニュースです。地方のニュースにはお祭りの話題などもありますが、全国のニュースには楽しいのはありません。犯罪や事故ばかり。これを全部録画して、二百年後の歴史学者に見せたら、この時代をどのように描くでしょうか。おそらく地獄になってしまう。史料至上主義はそれと同じことなんです。

 私が講談社から出した『泉光院江戸旅日記』という本があります。日向の山伏の野田泉光院という人が、文化から文政にかけて六年三カ月かけて日本中歩き回る。彼はちゃんとした教養人ですが、お金を使わないんです。それで銭がたまりすぎて重くなると銀貨と交換する。そんなことが日記に書いてあるわけです。私が江戸の研究者になったのは、その原本を読んだのがきっかけです。

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