城に隠された歴史ロマン「ビーバップ!ハイヒール」より
2010.01.11 Monday 01:18
くっくり
江戸軍学の粋を集めて建築され、熊本城をも凌ぐ完璧なはずだった軍事要塞。
「完璧なはずだった」というのはどういうことなのか?
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それは築城からわずか20年後の明治元年、新選組の土方歳三に攻められた時、防御は完璧だと思われていたにもかかわらず、わずか数時間で簡単に落城してしまったからだ。
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敵は思わぬ場所から攻めてきた。それは城の裏。
実は松前城の背後は低い石垣で囲んであるだけで、正面は完璧、裏はスカスカ、張りぼてさながらのマヌケな城。
江戸軍学とは、江戸時代に入ってから何百年も全く実戦経験のない学者の学問。机の上では「敵は正面から来るもの」と決まっていたのだ。
実戦から遠ざかり、太平の世で平和ボケしてしまった江戸軍学。まさに絵に描いた餅のような城だったのだ。
それにしても、なぜこんなことに?
対ロシアということで表から(海側から)攻めてくることを想定していたから、ということもあるのだろう。
また、武士道として裏から攻めてくるのは卑怯なことで、そういうことはあり得ないと思ったから、ということもあるのだろう……。
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【第1位:欲しくて欲しくてたまらなかった城「苗木城」】
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岐阜県中津川市。町の中心部を外れて20分。
山道をたどっていくと、そこにあるのが苗木城跡。
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大坂城に負けない立派な石垣がある!と思ったら、その下には不自然に詰め込まれた小さな石ころ。どうやらこの巨石はもともとここにあったものらしい。
よそから運んできたように見せかけているのだ。何とも涙ぐましい努力。
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