2009.11.17 Tuesday 00:32
くっくり
「日本は世界一好きな国。日本人にはハチ公のような辛抱強さがあると感じる。忍耐は美徳だと思う」
「正論」2009年9月号 金美齢×盧千恵【台湾人にとっての「昭和」】より
私の母方の祖父は、二番目の兄を日本軍に殺害される現場を目撃したことで、一生涯日本に対し癒されない傷を負い、日本に反抗し続けた人物です。その祖父と汽車に乗ったときのこと。
九州とほぼ同じ広さの台湾は、海岸沿いの都市を結ぶ鉄道網が1908年に完備しています。全島を一周する幹線のほか、数箇所の盲腸路線(行き止まりの線路)があります。いずれも日本人の技師と台湾人が一緒になって南北両端から工事を開始したものですが、北の山岳部はトンネル掘削という難工事が、南はマラリアや赤痢といった熱帯病、息苦しい蒸し暑さに耐えての工事となる。祖父は最初南北の線路が繋がらないのではと、冷ややかな目で見ていましたが、それらに耐えて、台中市でちゃんと南北の線路はつながっています。
祖父は日本人の勤勉さや仕事の的確さには感心したとフェアに語っていました。反日的だった祖父でも、実は心の底では日本人を認めるところがあったのです。
「正論」2009年9月号 金美齢×盧千恵【台湾人にとっての「昭和」】より
どんな国の歴史にも光と影があります。私は客観的に見ても、台湾の「日本時代」はベル・エポック(良き時代)だったと思います。たとえばこんなエピソードがあります。1946年の春、台北第一高女ではまだ授業時間以外はみんな日本語で話をしていました。
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