外国人から見た日本と日本人(15)

2009.11.17 Tuesday 00:32
くっくり



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 最後のウズベキスタン人のオイディンさんのお話には大変感動しました。
 ウズベキスタンにも日本人が作ったインフラが残ってるんですね。しかもソ連により抑留されていた人たちの手で造られたものだと。
 恥ずかしいことに、私は今まで全く知りませんでした。

 以下、このお話に関連して石井立夫さんのHPから引用させていただきます。
 石井さんは幸い抑留を免れたものの、多数の戦友が犠牲になられたそうです。

 ウズベクには1945年、極東シベリアから約25.000人の日本兵が強制移送され、13の収容所に分けられ、過酷な労働を強いられたにも関わらず抑留者たちは、『日本人たちは素晴らしい』というイメージをウズベク国民に植え付け、親日感情が強い中央アジア諸国の中でも日本人への好感度は飛びぬけている。その源であり、ユーラシアで語り継がれている「日本人伝説」のシンボルが、約500人の抑留者がタシケント市に2年がかりで建設したナポイ劇場だ。

 捕虜という厳しい環境下で勤勉に徹し、当時の地元民に敬意を表された。66年の大地震でタシケント市内の多くの建造物が倒壊した際も、この劇場はビクともせず、「日本人の建築技術は高い」という評価が定着した。96年にカリモフ大統領の指示で、壮麗なナポイ劇場には、日本人抑留者の功績を記したプレートが掲げられ、ウズベクの日本人に対する尊敬と感謝の思いが名実ともに歴史にとどめられている。日本人抑留者の「遺産」はナポイ劇場にとどまらない。

 日本人がつくった水力発電所や運河、道路などが国内の至るところに残り、ウズベクのインフラを支えている。中山恭子元駐ウズベク大使は在任中に、いまも国民に電気を供給している水力発電所の建設を仕切った元現場監督に会った。この人物は、まじめに、そして懸命に汗を流していた日本兵抑留者たちの思い出を涙ながらに語ったという。

 何だか私まで泣けてきました……(T^T)


 ……というわけで、第16弾につづく……!?


※参考文献
・イザベラ・バード著「イザベラ・バードの日本紀行(上)」(講談社学術文庫)

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