外国人から見た日本と日本人(15)

2009.11.17 Tuesday 00:32
くっくり



 ところで、こうした日本人の良さや「古き良き日本の伝統文化」が、最近失われて行くのではと危惧します。例えば電車の中でもシルバーシートに若い人が座り、高齢者が目の前に立っているのに席を立とうともしない。また、電車の中での携帯電話は禁じられているのに話し続けているなど、公共のモラルの低下を懸念します。

■ツリヤガノヴァ・オイディン=ウズベキスタン人。1978年(昭和53年)生まれ。旅行会社役員。タシケント大学東洋学部で日本語を学び、福岡でホームステイを経験する。「福岡・ウズベキスタン友好協会」(NPO)を立ち上げ、両国の文化交流活動を行っている。日本滞在期間2ヶ月(来日は10数回)。
加藤恭子編「私は日本のここが好き!—外国人54人が語る」より

 ウズベキスタンは、中央アジアに位置する旧ソビエト連邦の国です。1991年、今から15年前にウズベキスタン共和国として独立しました。あまり日本では知られていないようですが、日本とウズベキスタンの人々の間には、素晴らしい交流の歴史があるのですよ。

 ウズベキスタンの首都タシケントにあるナヴォイ劇場は、第二次世界大戦中、当時のソビエト連邦により抑留されていた日本人たちの尽力を得て完成しました。その後、この地に地震があった時、まわりの建物が次々と崩壊していく中、この劇場は無事に残ったのです。日本人抑留者たちの素晴らしい働きぶり、確かな仕事ぶりに、ウズベキスタンの人々はたいへんな感銘を受けました。ほかにも、ウズベキスタンの各地に、日本人抑留者たちによって建設された建物、運河、道路などがあります。

 日本人たちの勤勉さ、規律正しい行動、確かな技術などは、現在にもずっと語り継がれています。そのため、日本人は大変尊敬されています。「日本人はすごい。あの国は素晴らしい」と。こうして、戦時中の日本人の姿は、そのまま、日本人のイメージにもなっているのです。一緒に働いていたウズベスク人の赤ちゃんのために、日本人が手作りしたゆりかごなども残されています。一人一人の交流を通して、かけがえのない友情も築かれていったのですね。

 ソ連時代、他国人の墓地と同様に、日本人墓地を更地にして整備するよう当局から指示がありましたが、ウズベキスタン人たちはそれには従わず、日本人墓地を守ってきました。日本人は、大切な友人であったからに他なりません。祖国に帰ることができなかった若い日本兵たちは、自分たちの行いによって、ウズベキスタンの人々の信頼を得たのです。


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