「朝鮮紀行」イギリス人女性が見た19世紀末の朝鮮(3)

2009.09.28 Monday 01:12
くっくり



 また、「実行犯」の一人とされる国友重章の孫に当たり、韓国へ謝罪訪問を2005年以降続けている開業医の河野龍巳さんについて、「報ステ」では、「熊本にある歴史研究会(「明成皇后を考える会」か?)の呼び掛け」により訪れた、つまり自らの意思で謝罪訪問を始めたように伝えていました。
 ところが、当時の韓国の新聞にはこう書かれてあるのです。

【明成皇后殺人犯の後孫達の謝過訪韓は、フリーランサーのドキュメンタリーPDチョン・スウン(鄭秀雄・62・写真)ドキュソウル代表の執念が作り出した‘作品’である。
チョン氏は今年8月頃にSBSと日本NHKで放映される2部作ドキュメンタリー‘明成皇后弑害事件,その後孫達 110年ぶりの謝罪’の製作の為に、去る1年間、日本の熊本にだけでも13回も行き来した。
その過程で彼は甲斐利雄(76)氏等の良心的な退職教師達を知るようになり,‘明成皇后を考える会’を組織して弑害犯の外孫子の河野龍巳氏の訪韓を成功させた。
“河野氏は始めは韓国の人間だと言ったら、とても警戒したのです。それで河野氏の病院の患者まで動員して接触を継続した結果、彼を説得することができたのです。”
彼は“ドキュメンタリー‘東アジア 激動20世紀’の製作を構想しながら明成皇后弑害事件に関心を持つようになった”とし、“日本の知識人達が主軸となった、いわゆる浪人達が隣家国の皇后を殺害した前代未聞の事件を糾明しなくては、到底その時代をまともに眺める事はできない”と言った。
チョン氏は “弑害事件の主犯である三浦梧樓(1846〜1926) 当時の日本公使の後孫も捜し出して謝罪訪韓を成功させる”と言った。

http://www.donga.com/fbin/output?n=200505110242

「散歩道さん」>05/5/14付:それは、脅迫と言わないですか?より引用】

 閔妃がいくら朝鮮の近代化にとって邪魔な存在だったとしても、それを暗殺というやり方で排除を図ったことについては、韓国ではもちろん日本でも批判の声はあるでしょう(あくまで現代の価値観に照らしての話ですが)。

 ただ、だからと言って、史実を正しく伝えない偏った報道はやはりどうかと思いますし、そんな報道は韓国人にとっても、長い目で見れば決してプラスにはならないでしょう。


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