「朝鮮紀行」イギリス人女性が見た19世紀末の朝鮮(2)

2009.09.13 Sunday 01:54
くっくり



●(村落チンプルにて)作物は整然と植わっており、畦〈あぜ〉や灌漑用水路もよく手入れされている。日本と土壌がきわめてよく似ているのであるから、しかも朝鮮は気候には日本よりはるかによく恵まれているのであるから、行政さえ優秀で誠実なら、日本を旅した者が目にするような、ゆたかでしあわせな庶民を生みだすことができるであろうにと思う。(p.211)

●長安寺から元山にいたる陸路の旅のあいだには、漢江流域を旅したときよりも朝鮮人の農耕法を見る機会に恵まれた。日本人のこまやかなところにも目のいく几帳面さや清国人の手のこんだ倹約ぶりにくらべると、朝鮮人の農業はある程度むだが多く、しまりがない。夏のあいだは除草しておくべきなのにそれがされていないし、石ころが転がったままの地面も多く、また畑の周辺や畦は手入れが行き届いていなくて、石垣がくずれたままになっているのは目ざわりである。農地を通る小道はかなり傷み、両側には雑草が生えていて、畑のうねはあまりまっすぐではない。それでもさまざまなことから予想していたよりは、概して耕作はずっと良好であるし、作物ははるかに清潔である。(p.211)

●(釈王子〈ソグワンサ〉にて。釈王子は朝鮮仏教の隆盛期に李朝最初の王・太祖が教えを受け、暮らした所)でっぷり太って陽気な中世の修道士を思わせる僧侶が、古風な建物の入口にあわられ、わたしたちを迎えてくれた。この住職と修行僧たちは来客用広間でハチミツ水をふるまってくれたが、それと同時に来客簿を取りだし、わたしたちにいくら払ってくれるかと尋ねて、答えた金額をしっかり記帳した。強引にお金を巻き上げられた馬夫たちをして「どろぼうになりさがった」と言わしめたこの修行僧たちの強欲なやり方は、同じ聖職者でも金剛山の修行僧たちのあの親切な思いやりとは対照的で、これが歩いてほんの一日の距離にある条約港の悪しき影響でなくてなんであろう!(p.220)

[7] << [9] >>
comments (29)
trackbacks (0)


<< 「アンカー」小沢支配政権!?&民主党にすり寄る公明党
「アンカー」鳩山内閣の特徴&日米間3つの難題と抜け道 >>
[0] [top]


[Serene Bach 2.04R]