「朝鮮紀行」イギリス人女性が見た19世紀末の朝鮮(2)
2009.09.13 Sunday 01:54
くっくり
●距離の魔法がとけるにつれ、磨釵洞〈マチヤドン〉(引用者注:全国的に有名な八つの景勝地のうちの一つ、侍中台〈シジユンデ〉の西にある淡水湖)の村落はパープルから地味なグレーの色調に変わって味気ないその実体をあらわし、美しい海辺で休息をとるというロマンチックな夢は消えた。長くてゆがんだ、狭くわびしい通りからはさらに狭い横道が分岐し、魚の腐肉とごみの山で豚と、毛が抜けて目のにごった犬と、皮膚病にかかった子供たちがいっしょくたになって転げまわっている。水たまりには茶色い浮きかすが厚く張り、ふたのない下水になりさがってしまった小川にはどろどろした緑色の汚水がどんよりと流れている。白砂の浜は干してある魚で黒くなり、魚をならべる枠がそこかしこにある。あたりには耐えがたいにおいがたちこめ、男も女も子供もだれもかもが体も服も汚れ放題で、わたしたちの行くほうへ集まってくる。そして宿屋は朝鮮で泊まったなかでも不潔きわまりないことこの上なく、この夜の記憶はわたしの脳裏に完全に刻みこまれてしまった。(p.206-207)
●磨釵洞をはじめ、手ごろな海岸で船を退避させられるところなら必ずある海岸沿いの村落は、その存在理由を沿岸漁業とする。八〇〇〇人を超える日本人漁師が釜山周辺の沿岸漁業で生活を営んでいるという事実は、きわめて豊富な漁獲量があることを示している。朝鮮の漁民は意欲にはなはだしく欠けるとされており、オイセン氏は一八九一年度の元山(ウオンサン)に関する税関報告で「幼稚なわなを沿岸に仕掛けておいて、毎日一時間かそこら見張っていればとれるような漁獲高で満足している」と朝鮮の漁民を非難している。とはいえ、わたしが通りがかった各村落には七隻から一二隻の漁船があり、海に出ていたことを言っておかねばならない。航海には適さない舟であるから、沿岸から離れないのもむりはない。漁業が停滞しているのは、ほかの諸産業と同じく、労働者の所得がまったく不安定でしかも官僚が搾取しているからであり、朝鮮の漁民はどうせなにかと口実を設けて取り上げられてしまう金銭なら、儲けようという気にはならないのである。(p.208)
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