「朝鮮紀行」イギリス人女性が見た19世紀末の朝鮮(2)
2009.09.13 Sunday 01:54
くっくり
●美しい地にあるパガミの村には、一本の柱にこう大書してある。「パガミを通る両班〈ヤンバン〉の従者は、礼儀正しく品行方正であれば問題ないが、素行が悪ければなぐられる」。なんと痛快な主張であることか! というのも、朝鮮の災いのもとのひとつにこの両班つまり貴族という特権階級の存在があるからである。両班はみずからの生活のために働いてはならないものの、身内に生活を支えてもらうのは恥とはならず、妻がこっそりよその縫い物や洗濯をして生活を支えている場合も少なくない。両班は自分ではなにも持たない。自分のキセルすらである。両班の学生は書斎から学校へ行くのに自分の本すら持たない。慣例上、この階級に属する者は旅行をするとき、おおぜいのお供をかき集められるだけかき集めて引き連れていくことになっている。本人は従僕に引かせた馬に乗るのであるが、伝統上、両班に求められるのは究極の無能さ加減である。従者たちは近くの住民を脅して飼っている鶏や卵を奪い、金を払わない。パガミのはり札の意味もこれで説明がつくわけである。(p.137)
●非特権階級であり、年貢という重い負担をかけられているおびただしい数の民衆が、代価を払いもせずにその労働力を利用するばかりか、借金という名目のもとに無慈悲な取り立てを行う両班から過酷な圧迫を受けているのは疑いない。商人なり農民なりがある程度の穴あき銭を貯めたという評判がたてば、両班か官吏が借金を求めにくる。これは実質的に徴税であり、もしも断ろうものなら、その男はにせの負債をでっちあげられて投獄され、本人または身内の者が要求額を支払うまで毎日笞〈むち〉で打たれる。あるいは捕らえられ、金が用意されるまでは両班の家に食うや食わずで事実上監禁される。借金という名目で取り立てを装うとはまったくあっぱれな貴族であるが、しかし元金も利息も貸し主にはもどってこない。貴族は家や田畑を買う場合、その代価を支払わずにすませるのがごく一般的で、貴族に支払いを強制する高官などひとりもいないのである。(p.138)
●漢江を横切り、永春〈ヨンチユン〉の船着場に着いた。((中略))必ずしも礼儀をわきまえているとはいえない野次馬が郡庁までわたしたちのあとをついてきた。わたしは郡庁で金剛山〈クムガンサン〉へ行く内陸ルートの情報がすこしでも得られるのではないかと期待していた。郡庁構内へはいっていくと、下級官吏たちはとても横柄で、その無礼な応対ぶりをしばらくがまんしてようやくなかの部屋へ通された。そこには郡長代理が喫煙具をかたわらに、床にすわっていた。腹黒そうな、人をばかにしたような人相の男で、わたしたちのほうをちらりとも見ず、口をきいてくれたとしても部下を通して短い答えが返ってくるだけで、その間わたしたちは部屋の入口の前に、ついてきた群衆に押し倒されそうになりながら立たされたままである。東洋では内密に面談するということがめったにできない。わたしが朝鮮の役所を訪ねたのはこれが最後になった。(p.139-140)
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