「朝鮮紀行」イギリス人女性が見た19世紀末の朝鮮(2)
2009.09.13 Sunday 01:54
くっくり
「どの店でもわたしが腰を下ろすと、野次馬が店先に集まります。野次馬は主に女性と子供たちで、ほとんど全員が赤ん坊を背負っており、まじめな顔で黙ってぽかんとこちらを見つめるので、わたしはどこか落ち着きません」(日光、入町にて)
「この日本の野次馬たちは静かでおとなしく、乱暴に押し合いへし合いすることは少しもありません。相手があなたでなければ、彼らのことでこんな愚痴をこぼすこともなかったでしょう。警官のうち四人がまたやってきて、町の外れまでわたしを警護してくれました」(会津平野、高田にて)
「わたしは野次馬に囲まれ、おおむね礼儀正しい原則のたったひとつの例外として、ひとりの子供がわたしを中国語で言うフェン・クヮイ——野蛮な鬼——と呼びましたが、きつく叱られ、また警官がついさっき詫びにきました」(会津平野、津川にて)
「その後わたしは本州奥地と蝦夷の一二〇〇マイルを危険な目に遭うこともなくまったく安全に旅した。日本ほど女性がひとりで旅しても危険や無礼な行為とまったく無縁でいられる国はないと思う」
バードはこのように日本では、珍しがられて野次馬にじろじろ見られるということはあっても、それ以上無礼な目には遭ったことがなく(もちろん例外はあったでしょうが)、朝鮮で体験したような、たとえば宿の部屋に大勢で押しかけられたりとか、ましてや暴力を振るわれたりということはなかったようです。
また、日本の場合、都会では(少なくとも日光までは)ある程度、宿も人間も清潔であるものの、田舎の方は衛生状態が悪いという記述が目立ちます。
ところが朝鮮の場合は、首都ソウルですら衛生状態が悪いと記述されているのです(8/9付:「朝鮮紀行」イギリス人女性が見た19世紀末の朝鮮(1)を参照。ちなみにバードが日本を旅したのは1878年、朝鮮を旅したのは1894年〜1897年)。
「日本紀行」と「朝鮮紀行」を読み比べた時、日本人に対する好意的記述・批判的記述の割合を7対3とすれば、朝鮮人に対するそれは真逆で3対7といったところでしょうか。
「まじめで大人しく礼儀正しい日本人」「見栄っ張りで騒がしく礼儀知らずな(特に上流階級)朝鮮人」という、ステレオタイプともとれる図式がそのまま当てはまってしまう印象を、残念ながら私は受けました。
[7] << [9] >>
comments (29)
trackbacks (0)
<< 「アンカー」小沢支配政権!?&民主党にすり寄る公明党
「アンカー」鳩山内閣の特徴&日米間3つの難題と抜け道 >>
[0] [top]