「朝鮮紀行」イギリス人女性が見た19世紀末の朝鮮(2)

2009.09.13 Sunday 01:54
くっくり



 _________________________「朝鮮紀行」引用ここまで


 この後、バードはイギリス副領事の忠告により済物浦(ソウルの海港。漢江(ハンガン)の河口にある)をあとにせざるをえなくなりました。荷物を元山に置いたまま日本の肥後丸に乗船、最初の寄港地である清国の芝罘〈チーフー〉(現在の山東省、煙台)に降り立ちます。

 そして牛荘〈ニユーチヤン〉(現在の遼寧省、営口)を通り満州に到着、そこで二カ月過ごします。満州については「同じ清国でも漢族の住む地域と異なった点がいろいろあって興味深かった」と記しています。

 また、この時代からすでに満州(当時ロシア領)には約三万世帯の朝鮮人が暮らしていて、バードは「その大半は一八六八年以降、政治的混乱と官吏による搾取のために祖国を離れた人々である」と記しています。

 満州(馬賊、満州族の特徴、奉天で遭遇した洪水など)の記述を経て、その後はいよいよ日清戦争、そして王室——李氏朝鮮の第26代王である高宗、高宗の王妃である閔妃(韓国では明成皇后と呼ぶ)、高宗の父である大院君を中心とした——の記述に入ります。

 このあたり、かなり政治色が濃くなっていくのですが、続きはまた次回ってことで

 ——それにしても、朝鮮の野次馬の不作法は限度を超えてますね(T^T)。バードが「ベッドに座って拳銃を磨いて」彼らが寄りつかないようにしたという箇所を読んだ時は、正直苦笑いしてしまいました。

 もちろん朝鮮の人々全てが粗野だったり不作法だったりというわけではないようですが……。
 付け加えると、同じ朝鮮人でも、とりわけ貴族や役人や知識層など地位の高い人は概して態度が悪いようです。

 また、庶民が上流階級から「搾取」されているという種の記述は何度も何度も出てきます。
 李朝末期の役人や貴族はひどく腐敗していたと聞きますが、それはやはり間違いではないようです。

 ちなみに彼女は朝鮮旅行をする十数年前(明治11年)に日本を旅行しており、その体験記は1880年(明治13年)に出版されました。
 全訳版は現在日本でも読むことができ、講談社学術文庫から「イザベラ・バードの日本紀行(上)(下)」として出版されています。

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