外国人から見た日本と日本人(14)
2009.09.07 Monday 01:48
くっくり
■ダニエル・H・ディゾン=フィリピン人。画家。猪口力平・中島正著「神風特別攻撃隊」を読み、その生き様に感動し、1974年(昭和49年)、神風特攻隊慰霊碑の建立を思い立ち、マバラカット市長に進言した。フィリピン・カミカゼ記念協会会長。
2000年(平成12年)にフィリピン・ルソン島のパンパンガ州マバラカットで行われた神風特別攻撃隊の戦没慰霊祭の翌日、ジャーナリスト井上和彦氏に語った言葉
私は、ヨーロッパ・アメリカ・中国・フィリピンの歴史を様々な角度から検証してみました。その結果、なぜ日本が立ちあがり、戦争に打って出たのかがよくわかったのです。そして日本が、欧米列強の植民地支配に甘んじていたアジアを叱責した理由も理解できたのです。
当時、白人は有色人種を見下していました。これに対して日本は、世界のあらゆる人種が平等であるべきとして戦争に突入していったのです。神風特別攻撃隊は、そうした白人の横暴に対する力による最後の“抵抗”だったといえましょう。
神風特攻隊をはじめ、先の大戦で亡くなった多くの日本軍人をどうか敬っていただきたい。これは私から日本の若者たちへのメッセージです。
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最後に紹介したダニエル・H・ディゾン氏について少し補足を。
ディゾン氏が奔走してフィリピン政府により建立された神風特攻隊慰霊碑には、氏が書いた次のような碑文が記されているそうです。
【第2次大戦終結までに、カミカゼはアメリカ軍艦を総計322隻撃沈または大破、9000人以上の海軍軍人を戦死させ、一方、5000人のカミカゼ隊員の内4600人が自殺攻撃にて戦死した。カミカゼは、世界史上比較しうるもののない全く大胆不敵なものであった。
歴史的調査が明らかにしたところによれば、カミカゼを支えた信条とは、世界のすべての民族に対する機会の均等と親睦が、自らの死によって実現されることを心底から願って自らの身を捧げたカミカゼ志願者達の思いである。】
氏はなぜ慰霊碑の建立に奔走したのでしょうか。原点には、氏の少年時代における日本兵との交流がありました。そして運命を変えた一冊の古本……。
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