外国人から見た日本と日本人(14)

2009.09.07 Monday 01:48
くっくり



 新京は新しい首都を意味する。一つの都市がこんなにふさわしい名前をもったことはめったにあるまい。なぜならここでは、街路といい家屋といい、はたまた都市にみなぎる精神といい、すべてが新しいからであり、またすべてが未完成だからである。しかし皇帝の宮殿が建てられ、その周辺地区が整備されたあかつきには、新しい首都は多くの古い首都と美を競うようになるだろう。

■ラダビノード・パール=極東国際軍事裁判のインド代表判事。同裁判の11人の判事の中で唯一、被告人全員の無罪を主張した「意見書」(通称「パール判決書」)の作成者として知られる。
パールが19歳の時、日本が大国・ロシアと戦い勝利を収めたという知らせがインドにもたらされた。この時のことを回顧して——

 同じ有色人種である日本が北方の強大なる白人帝国主義ロシアと戦ってついに勝利を得たという報道は我々の心を揺さぶった。

 私たちは白人の目の前をわざと胸を張って歩いた。先生や同僚とともに毎日のように旗行列や提灯(ちょうちん)行列に参加したことを記憶している。

 私は日本に対する憧れと祖国に対する自信を同時に獲得し、わななくような思いで胸一杯であった。私はインドの独立について思いを致すようになった。

■モーリス・パンゲ=フランス人。日本文化研究者。1960年代に東京日仏学院院長も務めた。
「自死の日本史」より

 日本の特権階級であった武士は、他の階級によって倒されたのではありません。外国の圧力の前に、みずから革命を推進し、そのためみずからを消滅させるという犠牲を払ったのです。

 革命といっても、それはある階級が他の階級を倒すという、普通の意味の革命ではありません。武士たちの望みは、日本という国の力をよびさますことだったのです。

■ベン・アミー・シロニー=1937年(昭和12年)ポーランド生まれ。両親と共に旧ソ連で終戦を迎え、ドイツ難民キャンプでの2年間の生活を経て、1948(昭和23年)年にイスラエルへ移住。エルサレム・ヘブライ大学で歴史・哲学を専攻。日本の国際基督教大学に留学後、1972(昭和47年)年、ヘブライ大学東洋学部教授に就任。1991年、米ハーバード大学客員教授に就任。

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