2009.09.07 Monday 01:48
くっくり
「イザベラ・バードの日本紀行(上)」より
日光、入町での記述
午前七時には太鼓が鳴り、子供たちを学校に集めます。校舎はイギリスならどの教育委員会をも辱めないものです。西洋化しすぎているとわたしは思いましたが、子供たちは現地式に床に座るのではなく、椅子に腰をかけて机に向い、とても居心地が悪そうです。学校の設備は非常によく、壁には上等の地図が掛かっています。教師は二五歳くらいの男性で、黒板を自在に使ってどんどん生徒に質問していました。イギリスと同じように、いちばんいい答えを返した生徒はクラスの首席に移動します。
服従は日本の社会秩序の基本で、家庭で絶対服従に慣れている子供たちが相手なので、教師はなんの苦もなく生徒を静かにさせたり、自分のほうに注目させたり、言うことを聞かせたりできます。教科書を懸命に読んでいる子供たちの大人びた顔には、痛々しいまでの熱意があります。外国人が教室に入ってくるというめったにないできごとがあっても、生徒たちはよそ見などするものではありません。
年少の生徒は主に実物教育で学び、年かさの生徒は地理や歴史の教科書を声を出して読む練習をします。漢字もかなも甲高くてひどく耳障りな調子で読みます。ほかに算術と自然科学分野の初歩も習います。子供たちが朗読している詩歌は、わたしの理解したところでは、簡単な五十音図となっていました。訳すとつぎのようになります。
「色と香は消えてしまう。
この世にずっと残るものがあるだろうか。
きょうという日は無の底に消えてしまう。
束の間の夢のようなものにすぎず、わずかな苦しか生じさせない」
[色は匂へど 散りぬるを 我が世誰そ 常ならむ
有為の奥山 今日越えて 浅き夢見じ 酔ひもせず]
「イザベラ・バードの日本紀行(下)」より
宣教師の妻であるギューリック夫人と奈良の長谷寺を訪れた際の記述
あまりに不意のことで、外国人のよく旅する道からはあまりに外れた場所でもあったのですが、わたしたちはそうとは知らないまま、日本で最も知られ、詩歌や絵画で讃美されている名所のひとつ、多くの巡礼地でも最も人気のある場所のひとつに来ていたのでした。
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