GHQ焚書「敗走千里」より支那軍の実態
2009.08.23 Sunday 02:41
くっくり
「徴発」に向かう途中、陳は仲間の金阿貴とこのような会話を交わします。
「陳さん、東洋軍*8に捕まつたら俺達どうなるだろう?」
彼の傍に摺り寄つて來た一人の兵が、さう小聲(こごえ)で呟いた。金だった。
「さァ……捕虜だね、捕虜は……多分、戰爭の終るまでどこかに監禁して置くだらうな」
「殺さないかね?」
「殺しやしないだらう」
「でも、いつか、俺聞いたけど、東洋軍は片つ端から捕虜を殺すつて……よ」
さう云はれると、彼にもはつきりしたことは解らない。が、彼は十年も東京に留學して、大抵日本人といふものを知つてゐるつもりである。彼の知つてゐる日本人は、殊に、日露戰爭に關する書物など讀んだところでは、日本軍は露西亞の捕虜を殺すどころか、非常に鄭重(ていちょう)に取り扱つてゐる。捕虜の癖に、日本娘と戀愛(れんあい)に陥って、事變(じへん)後結婚したといふローマンスまで傅(つた)へられてゐる。それ程、日本軍は敵國軍に對(たい)して寛大だつたのだ。*9(p.144)
*8 東洋軍=日本軍のこと。
*9 日露戦争における日本側による捕虜の厚遇=バルチック艦隊の戦艦「オリョール号」の水兵ノビコフ・ブリボイの名作『ツシマ』(邦訳『バルチック艦隊の潰滅』上脇進訳)にも詳しい。プリボイはやがて熊本の収容所に入れられ、そこの通訳の妹と親しくなったりしたようだが、ほかにもロシア人捕虜と親しくなったり、結婚した例もある(吹浦忠正氏の新・徒然草参照)。
日本軍を誉めたこの記述は、GHQにとっては都合が悪いでしょうね。
さて、洪傑軍曹をリーダーとし「徴発」に向かった一行ですが、どこの家も留守で(この近辺が戦場になったと知り避難したらしい)堅く釘付けになっています。
本来の目的である藁は庭先に大量に積まれていたので、それだけ持って帰ればいいところなんですが、一行は「掠奪」も目的としていますので、家の戸をこじ開け始めます。当然、誰も止める者はいません。
「給料の満足に支給されない支那の兵隊にとっては、掠奪が依然として給料であり、兵士となるための奨励賞である」からです。
陳子明はこの時「逃げる」チャンスはあったのですが、残念ながら便衣を見つけることができず、逃亡はあきらめ、部隊のいる塹壕に戻ります。(p.144-151)
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