GHQ焚書「敗走千里」より支那軍の実態

2009.08.23 Sunday 02:41
くっくり



 たとえ密告がなかったとしても、欧米派の●勲と知日派の王祥謙との対立はいかんともしがたいものでした。そう、●勲はアメリカ士官学校の卒業生なのです。
 さらには●勲が中央政府からの留学生だったのに対して、王祥謙は彼の郷里を支配する軍閥からの留学生でした。(p.123)

 大激戦を前にして、陳子明は明確に「脱走」を考え始めます。
 分隊長の洪傑は陳はじめ部下らに「助かるいい策戦があるんだけど」と意気込んだ調子で言います。その策戦とは——。

 「それは、敵に氣付かれないやうに、こゝの戰線をそつと引き揚げるんだ。そして、奥地の山岳地帯に敵を誘ひ込んで、こゝに現はれたかと思ふと彼方に現はれ、彼處(かしこ)に現はれたかと思ふと此方(こなた)に現はれ、敵を奔命(ほんめい)に疲らすんだ。そして、俺達は全部、便衣*6になるんだ。そして愈々(いよいよ)追ひ詰められた時には、百姓となって誤魔化してもいゝし、商人になつてもいい、兎に角良民に化けて敵の眼から脱れる工風をするんだ」(p.130)

*6 便衣=中国語で「平服」を意味する。一般市民と同じ私服・民族服などを着用した中国兵士を「便衣兵」と言う。特に1937年の南京陥落の際、中国国民党の兵士が便衣に着替えて逃亡したことは有名。

 便衣キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━!!!!

 が、その直後に戦闘が始まり、彼等はもはや逃げるだの何だの言っていられない状態に。
 王祥謙上尉は督戦隊*7の攻撃により腕を負傷します。この戦闘で第十中隊は総員159名のうち16名が犠牲になります。(p.132-143)

*7 督戦隊=自軍部隊を後方より監視し、自軍兵士が命令無しに勝手に戦闘から退却或いは降伏する様な行動を採れば攻撃を加え、強制的に戦闘を続行させる任務を持った部隊のこと。有名な所では支那事変における中国軍の督戦隊である。これが暗躍したため中国軍に多数の死者が出た。南京攻略戦時にも暗躍し、これによる死者が「南京事件」の死者に数えられているという指摘もある。

 新しい塹壕へ移動しての生活が始まりますが、敷き藁すらないということで、農家へ「徴発」に行くことになります。
 徴発志願兵の中には陳子明の姿もありました。「神様が逃亡の好い機会を与えて下さるかも知れない」と考えたのです。しかし、そこで容易く変装用具の便衣が手に入るかどうか……と思案します。

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