2009.07.26 Sunday 03:11
くっくり
07/8/11付:台湾の国連加盟申請不受理と盧千恵さんインタビュー
加藤恭子編「私は日本のここが好き!—外国人54人が語る」より
台湾人に生まれた私は、一九四五年、小学校六年生の時に戦争が終わるまで、国籍としては日本人だったわけです。もちろん百パーセント日本人という感覚ではありませんでしたけれど、日本の教育を受け、心情としても日本人でした。
その後、中国が入ってきて自分たちは中国の一部だと言われて、いろんな変遷があるなかで、表面的に国籍が変わろうが、やっぱり日本人として培ってきた自分の中味は一朝一夕に変わるわけないですから、引き続き日本語で本を読んだりして、日本に対する憧れみたいなものは、ずっと持っていたんですね。
不思議なことに、日本は戦争に負けたにもかかわらず、何か非常に明るいイメージがありました。日本文化が制限されているなかで入ってきた映画の『青い山脈』を観たり、『リンゴの唄』も、なぜか伝わってきて、皆で歌っていました。誰かが隠し持ってきた「文藝春秋」とかね(笑)。当時、国民党の圧政に苦しんでいた台湾人にとっては、離れてしまっただけに、より切実な憧れとして、日本のものが心に残ったというのは真実です。私から上の世代は、無条件にそういう気持ちを持っていたんじゃないでしょうか。
〈中略〉台湾では、戦後、日本時代を懐かしんで、「リップンチェンシン(日本精神)」という言葉が使われるようになりました。それは、旧日本軍などが使った国粋主義的な意味合いではなくて、清潔、公正、誠実、信頼、責任感といった人間が生きていく上で守るべき倫理、美徳といったものを総称した言葉なんですね。今は、日本との係わりを離れて、例えば、台湾人を指して「あの人はリップンチェンシンで商売している」という風に使います。反対語として、インチキはするわ、お金が万能だわ、汚職は大変だし……というやり方を「中国式」といいます。どちらも台湾人が作った言葉です。もちろん、どこの国にもいい人と悪い人はいますけど、パーセンテージの問題で、日本人は大多数、非常に高い割合で皆さん、優しくて、いい人ですよ。それが、最近、残念ながら「日本精神」が失われてきて、「中国式」に汚染されてきているような気がしますね。
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