外国人から見た日本と日本人(13)

2009.07.26 Sunday 03:11
くっくり



 「日本人は台湾を統治する時、軍人の他に多くの専門家もやってきた。一番有名なのは伊能嘉矩だ。彼は1895年に台湾に来て、10年にわたって台湾を一周した。原住民の村の隅々までも含めて一周してから、彼は台湾文化誌を書いた。彼が書いた本は未だに台湾の民俗学、人類学、各地の調査報告の入門書だ。10年だけで彼は台湾についての基礎研究を築いた。後に私たち台湾人学生らの若者は、彼らの教育をもとにその方向へ歩いた」

 「4年目すなわち明治31年、児玉源太郎総督と後藤新平行政長官が台湾に就任。児玉は日本政府の要職と兼任するので、後藤が総督府の事実的な責任者になった。二人は台湾に深く貢献したので、李登輝元総統は日本に後藤新平賞を贈った。私は云いたい。これらの歴史を台湾人は知っているか?」

 それでもまだ「その番組に出た台湾人らがたまたま親日だっただけなんじゃないの?」などと訝しく思う方は、台湾は日本の生命線!さん7/20付エントリーをご覧下さい。1904年9月24日付(日本の台湾領有から9年目)のニューヨーク・タイムズの記事が掲載されています。
 特派員による当時の台湾のレポートで、記事のタイトルはこうなっています。

【日本人が変えた未開の島「台湾」
 他国家が征服できなかった民族と共に数年間で成し遂げた驚異の数々
 —他の植民地主義国家への教訓】

 他に、たとえば「台湾引揚史」(台湾協会編)にはこのような記述があることも併せてお知らせしておきます(09/4/27付拙エントリー:「たかじん委員会」NHKスペシャル台湾歴史歪曲問題で紹介済)。

 「引き揚げる教師の今後を心配して、生徒がお金を集め学校と父兄の了解を得て届けに来た」
 「台北駅前で日本人を満載した列車に向かい、“日本人は我々盲人にも教育を施してくれたことを感謝する”と盲人が大声で演説を始めた」
 「引き揚げを待つ間、元勤務地の高砂族の人々が山から台北までわざわざ食料を運んできた」

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