外国人から見た日本と日本人(11)

2009.05.30 Saturday 00:25
くっくり


■ポール・クローデル=フランス人。作家、外交官。1921年(大正10年)から1927年(昭和2年)まで駐日大使を務めた。
「朝日の中の黒い鳥」(邦訳「天皇国見聞記」)より

 日本の天皇は魂のように現存する。彼は常にそこに居るものであり、いつまでも居続けるものである。

〈中略〉個々の行動を天皇に帰するのは不都合であるし、不敬でもあろう。彼は介入しない。民の問題に労働者のように口をさしはさみはしない。だが、彼がそこに居なければ、物事はそれまでのように立ちゆかなくなるであろうこと、たちまち物ごとが頓挫し、逸脱してしまうであろうことは知られるとおりである。

■コリン・ロス=1885年(明治18年)ウィーン生まれ。1938年(昭和13年)3月の独墺合邦以後「ドイツ人」となった。第一次大戦のときオーストリア新聞特派員として活躍し、その後、アジア、アフリカ、南北アメリカの各地を旅行し、政治、経済に関する論文やその旅行記を書くとともに、映画制作にあたった。
「日中戦争見聞記—1939年のアジア」より
 ソウルでの記述

 日本人は朝鮮人の生活水準を向上させ、これにより彼らの歓心を得るためのあらゆることを行なった。日本人が多くを成し遂げたことは認めなくてはなるまい。ソウルは「京城」となり、昔のおもかげをとどめていない。市街地をめぐる城壁の大部分は除去され、城門は取り払われ、新しく、大きく、美しく、そして近代的な市街地ができあがった。

■コリン・ロス=1885年(明治18年)ウィーン生まれ。1938年(昭和13年)3月の独墺合邦以後「ドイツ人」となった。第一次大戦のときオーストリア新聞特派員として活躍し、その後、アジア、アフリカ、南北アメリカの各地を旅行し、政治、経済に関する論文やその旅行記を書くとともに、映画制作にあたった。
「日中戦争見聞記—1939年のアジア」より
 ソウルでの記述

 三〇年来朝鮮は日本の統治下にある。しかし近年になってやっと朝鮮人が志願兵として日本陸軍に入ることが認められるようになった。その作業はきわめて慎重に行なわれ、きびしい選抜を行なうため、朝鮮人全体で志願兵に採用されたのはわずか五〇〇人にすぎない。

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