外国人から見た日本と日本人(11)

2009.05.30 Saturday 00:25
くっくり


 
■ハインリッヒ・シュリーマン=ドイツ人。考古学者。19世紀半ば世界各地を旅する途中、当時清朝だった中国と幕末の日本を訪れた。訪日は1865年(慶応元年)。その後、ギリシャ神話に出てくる伝説の都市トロイアが実在することを発掘によって証明した。
「シュリーマン旅行記 清国・日本」より
 横浜での記述

 道を歩きながら日本人の家庭生活のしくみを細かく観察することができる。家々の奥の方にはかならず、花が咲いていて、低く刈り込まれた木でふちどられた小さな庭が見える。日本人はみんな園芸愛好家である。日本の住宅はおしなべて清潔さのお手本となるだろう。

〈中略〉主食は米で、日本人にはまだ知られていないパンの代わりをしている。日本の米はとても質が良く、カロライナ米よりもよほど優れている。

■イザベラ・バード=イギリス人。1878年(明治11年)以降、日本各地を旅した。当時の女性としては珍しい旅行家で、世界の広範な地域を旅行。
「イザベラ・バードの日本紀行(上)」より

 開港場の日本人は外国人との交流のせいで品位が落ち、下卑ている。内陸の人々は「野蛮人」とはおよそほど遠く、親切でやさしくて礼儀正しい。わたしがそうしたように、女性が現地人の従者以外にお供をだれもつけずに外国人のほとんど訪れない地方を一二〇〇マイル旅しても、無礼な扱いや強奪行為にはただの一度も遭わずにすむのである。

■エライザ・ルアマー・シッドモア=アメリカ人。1884年(明治17年)頃からしばしば来日。後年、ワシントン・ポトマック河畔への日本の桜の移入を提案するなど、根っからの親日家として知られていた。
「日本・人力車旅情」より
 横浜近郊の杉田という梅の名所についての記述

 花が開くと杉田は休日の雰囲気をかもしだす。茶店も開けば、立て場茶屋もさっと姿を現し、赤もうせん敷きの縁台をたくさん小森じゅうに並べる。

〈中略〉浜辺に向けて小舟が数珠つなぎになってゆっくりと進入し、丘はと見れば、人力車の縦列が何組ともなく越えていく。とぼとぼ歩いてやって来るのは巡礼さんだ。

〈中略〉この小さな村里を訪れる者が一日に千人ということも珍しくない。

〈中略〉人込みなのに、万事が気品あり、落着きがあり、きちんとしている。枝もたわわな花の下に腰を掛け、沈思、夢想にふける人。梅花を寄せて一句を物し、書き留めた紙片を枝に結びつける人。こうした日本的な耽美ほどあか抜けした悦楽はないのだ。


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