日本とトルコ 友好の歴史

2009.05.23 Saturday 02:29
くっくり


 駐日トルコ大使館武官のエイユップ・ギュルレル陸軍大佐が21日、和歌山県串本町を訪れ、119年前に同町樫野沖で遭難したトルコ軍艦エルトゥールル号の慰霊碑に献花し、「トルコ政府とトルコ国民は串本町と串本町民をずっと忘れることはない」と感謝の言葉を述べたそうです。

 ギュルレル大佐は「自分の子どもたちにも串本の地を体験させてやりたかった」と話し、奥さんと小学生の息子さん2人と一緒に訪れたとのこと。
 そしてギュルレル大佐は串本町長に対し、「トルコは、献身的行為を決して忘れることはない」と述べたそうです。

 ところが、このニュース、全くと言っていいほど報道されてませんね。
 私はわりとテレビのニュース番組は見てる方なんですが、関西ローカルですら見かけませんでした(タイミングが悪かっただけかもしれませんが)。


 エルトゥールル号事件で助けられたトルコ人。
 そしてイラン・イラク戦争で助けられた日本人。
 日本とトルコの100年越しの友好については、拙ブログの読者皆様はよくご存知でしょうが、この際ですから改めてまとめてみようと思います。

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 ——明治23年(1890年)6月5日、650人の親善使節団を乗せたオスマン・トルコ帝国の軍艦エルトゥールル号が、横浜港に到着しました。
 当時国内の改革を進め近代国家を目指していたトルコは、明治維新に成功した日本との友好を強く望んでいました。

 1年余りの苦難の航海の末やってきた使節団は、各界の熱烈な歓迎を受け、明治天皇にも拝謁しました。

 同年9月15日、任務を果たした使節団は帰国の途につきます。
 この時、日本側は「この時期は日本の台風シーズンにあたっているから、出発を遅らせてはどうか」と勧めましたが、団長のオスマン・パシャ提督は帰途が遅れないようにということで、予定通りに出発しました。

 そして不運にも、エルトゥールル号は神戸に向かう途中台風に遭遇、和歌山県串本本町大島の樫野崎沖で難破・沈没してしまったのです。
 乗組員587人が犠牲となる大惨事となりました。

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