麻生さん講演【中東和平】平和と繁栄の回廊
2009.04.18 Saturday 01:43
くっくり
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となりにヨルダンという国があります。
そちらから見たら、Urdunnの東側と言われてるんですが、Urdunnという小さな川…言っときますけど、相模川ぐらい大きいと思っていたら大きな間違いよ。小川みたいなもん、ヨルダン川ってのは。小さな…ポイッと飛び越せるぐらいの川。その川の東側がヨルダンだ。
その国を通して輸出。イスラエル通して輸出したくないから。
「お宅、飛行場までの道路、俺たちが作るから、道路だけタダで貸せ」と。「あと使ったっていいよ。俺たちがそれを舗装するから」。これが条件。
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これによってパレスチナは自分で食い物を作り、自分でそれを輸出して自分で稼ぐ。仕事と収入と未来が見えてくるから、「これを俺たちがやるが、どうだ?」。
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交渉にかれこれ1年半ぐらいかかったと思いますが、昨年(2007年)の3月、シモン・ペレスという、今はイスラエルの大統領になりましたけれども、この人が来て、日本で、外務省飯倉公館で、日本、ヨルダン、パレスチナ、イスラエルの4カ国で手を握って、「…信用してみるか」いう話になりました。
「俺たちがやるんだ。他の国がやるんじゃない。日本人がやるんだと。フランス人が、イギリス人が、アメリカ人がやるんじゃない。俺たちがやるんだ。信用してもらっていいんじゃないか?」と言って、立ち上がって握手して。
6月にfeasibility studyを終えて、6月にやれる、技術的な目処をつけて。
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8月、ジェリコ…ジェリコっていうのは、死の海と言われる、デット・シーという、死海、海抜マイナス320メーターという、世界で最も古い町のひとつ、ジェリコというところで、それをやることになりましたものですから、そこにイスラエルの外務大臣と、私と、他の国の外務大臣みたいなのが4人集まった。
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