TBSの東條英機のドラマを見て感じたこと

2008.12.25 Thursday 05:21
くっくり



 東條は天皇に「開戦は12月初頭とし、対米交渉は12月1日午前0時をもって打ち切り、我が国は自存自衛のため、対英米蘭に対し戦いを…」と号泣しながら上奏した。

 11月26日の日米交渉で日本はハル・ノートを突き付けられた。
 ハル・ノートの原案にルーズベルトが興味深いメモを添えていた。「日本がこれを受け入れる可能性はほとんどないだろう」。
 スチムソン陸軍長官は日記で、「大統領は日本は無警告攻撃で悪名高いと言う。問題は日本をどう誘導していくか。最初の一発を日本に撃たせるように…」。

 日本政府はハル・ノートで開戦を決意。
 徳富は「惜しむらくはもっと早く決断するべきだった。そうすれば戦局も変わった」と振り返る。それに対し吉原は「そのかわり国民の犠牲が早まった」。

 徳富は「米国の属国として甘んじる今日の無残さよりその方がよかったのでは。君たち新聞記者も書いたじゃないか。日本は勝てると。そういう調子で国民を煽った。わしも日本は戦えば一丸となって勝つと思った。日本中がみんな自分自身を買い被っていた。何とかなるだろうと」と返す。

 が、吉原は言う。「気づいていた人たちもいたのでは?石井秋穂中佐のように。このままではまずいと。それを我々に一言でいいから言ってほしかった」。そして「たった一握りの軍人や官僚が開戦を決めて300万人死んだ。あなたにも責任がある」と徳富を責める。

 徳富は反論する。「国民たちは戦意高揚記事を熱狂して読んだ。そういう時代だった。戦争は起こるべくして起きた。わしは逃げも隠れもしない。しかし、あの戦争が間違いとあの時点で誰が分かっていたというのか?分かっていたのはほんのわずかな人間たち。我々は何も知らされていなかった。責任は東條たちが負わなければならない」。

 去っていく徳富に吉原は言う。「我々は何も知らなかったのではない。我々は知ろうとしなかった。だから徳富先生にも責任がある。私にも責任がある」。

 吉原の最後の台詞。
 「いったい誰があの戦争を起こしたのか。東條だったのか。統帥部だったのか。軍隊を支えた官僚たちだったのか。それともそれを許した我々国民だったのか。まだ私ははっきり分からない。歴史の底に沈んでいく太平洋戦争という事実を、もっとはっきりと記憶にとどめ、それが何であったかを明らかにしなければならない。それが私に残された永遠の課題だと思った。二度と戦争の風景を見ぬために」

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