外国人から見た日本と日本人(8)

2008.12.23 Tuesday 01:45
くっくり


■ハインリッヒ・シュリーマン=ドイツ人。考古学者。19世紀半ば、世界各地を旅する途中、当時清朝だった中国と、幕末の日本を訪れた。訪日は1865年(慶応元年)。その後、ギリシャ神話に出てくる伝説の都市トロイアが実在することを発掘によって証明した。
「シュリーマン旅行記 清国・日本」より

 (横浜港に着いた際、税関の官吏は)中を吟味するから荷物を開けるようにと指示した。荷物を解くとなると大仕事だ。できれば免除してもらいたいものだと、官吏二人にそれぞれ一分(二・五フラン)ずつ出した。ところが何と彼らは、自分の胸を叩いて「ニッポンムスコ」(日本男児?)と言い、これを拒んだ。日本男児たるもの、心づけにつられて義務をないがしろにするのは尊厳にもとる、というのである。

 おかげで私は荷物を開けなければならなかったが、彼らは言いがかりをつけるどころか、ほんの上辺だけの検査で満足してくれた。一言で言えば、たいへん好意的で親切な応対だった。彼らはふたたび深々とおじぎをしながら、「サイナラ」(さようなら)と言った。

 …彼ら(役人)に対する最大の侮辱は、たとえ感謝の気持ちからでも、現金で贈ることであり、また彼らのほうも現金を受け取るくらいなら「切腹」を選ぶのである。

■R・ジェフソン&エドワード・エルマースト=イギリス人。1866年(慶応2年)に横浜に駐屯した英国第九連隊の将校たち。
「Our Live in Japan」(共著)より

 新奇さは一般に魅力だ。しかし、新しい場所に着くとまもなく色褪せてしまう。ところがわれわれにとって、日本とその住民はけっして新奇さを失うことがなかった。つねに観察すべきこと、おどろくべきことが何かあった。彼らは世界のどんな国民ともまったく異なってるので、彼らの間に一年住んでみても、その習慣と習俗については、他の国民の場合なら六週間でえられるほどの洞察すらえられないのだ。

■フェルックス・レガメ=フランス人。画家。フランス芸術界を風靡したジャポニスム(日本熱)に惹かれ、1876年(明治9年)と1899年(明治32年)に来日。

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