「たかじん委員会」田母神氏スタジオ出演(付:国籍法改正案)

2008.12.02 Tuesday 00:51
くっくり



田母神俊雄
「この、来られてる皆さんにわかっていただきたいのはですね、戦後の日本ていうのはですね、やっぱり戦争に負けたから、残ってた資料っていうのはみな占領軍に都合のいい資料なんですね。これで戦後の教育もずっと行われてきたと。で、結局、日本のあの、焚書というのがありますね。戦後、西尾幹二さんがこないだ書きましたけども、七千数百冊のですね、いろんな書類が焼かれてしまったんですね。だから当時の日本の生活状況、満州だ、朝鮮半島だ、そういったことがわかるような資料、いわゆる占領軍にとって都合の悪い資料はみな焼かれてしまったんです。それで徹底的な検閲も行われたんですね。だから新聞も雑誌も、で、ラジオの放送も、全て占領軍がこれは報道していいというものしか報道されなかったんですね」

勝谷誠彦
「さらに言うと、そういう資料を使って教育をしたのはですね、当時公職追放というのをやって、要するに軍に関係してた人たちとか、寄ってきた友だちたちをみんな追放してしまった。そうすると空きましたね、大学の先生の席とか学校の先生の席が。そこに流れ込んできたのがそれまでは職が無かった左翼の連中が流れ込んできて、それが戦後何十年もずっと教育をそのデータを使ってやってたわけです」

宮崎哲弥
「田母神さん、全共闘世代でいらっしゃいますよね」

田母神俊雄
「はい、そうです」

宮崎哲弥
「1970年、もう入隊されてましたよね」

田母神俊雄
「えっとですね、71年ですね」

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宮崎哲弥
「あ、71年ですか。入隊直前。私ね、『週刊文春』等で、これは田母神論文というのは、三島由紀夫の呪いなのではないかというふうなことを書いたんですけれども」

鈴木邦男
「ああ、僕もそれ聞こうと思ってたんです」

宮崎哲弥
「で、田母神さんはあの三島由紀夫の市ヶ谷の、バルコニーで決起して、ま、その占拠して、市ヶ谷のバルコニーで三島さんが演説しました。あれはどういうふうにご覧になりましたか」

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