「たかじん委員会」田母神氏スタジオ出演(付:国籍法改正案)

2008.12.02 Tuesday 00:51
くっくり



田母神俊雄
「当時は私、学生でですね、どちらかというと私、ほんとにノンポリの学生でした。だからあの、学校であの事件を受けてですね、当時、猪木正道防衛大学校長なんかがですね、けしからんことだと言われました。で、中曽根防衛庁長官なんかも強い口調で批判されてました。だから私は当時はですね、まあ大臣とか学校長が言うことは正しいんだろうなと思ってました」

宮崎哲弥
「今はどうですか」

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田母神俊雄
「今はですね、まあ三島由紀夫氏がですね、非常に感性が豊かだったんだと思いますね。ただ、今の時代にですね、やっぱり暴力でもってこの何かをやるというのはですね、私は適当ではないと思いますね。やっぱりこの言論でですね、やっぱり社会を変えていくべきだというふうに…」

宮崎哲弥
「ただ、このままで行くと、日本、左派が言う如く、日本の自衛隊はアメリカの傭兵になってしまうというようなことを、檄でおっしゃってるわけですけども、三島さんは。あの時に、あの時代にもっとあそこの中で、全部が全部認めるべきではないけれど、提起するものを日本人が、左派も右派も護憲派も改憲派もきちんと受け止めていれば、田母神さんがこうやって主張される必要はなかったんじゃないかと私は思ってるんですが、いかがですか」

田母神俊雄
「まあ、世の中が変わってればですね、私はだからあれ以来ですね、日本がどんどんどんどん、こう左傾化してるというかですね、いわゆる保守党である自民党がですね、左からの攻撃に対してですね、なだめるために、55年体制からちょっと左に寄るわけですね。と、今度、次回はそこが基準になる。で、また何かがある、と、また左に寄るわけですね。ずーっと寄って、これが最後まで左に寄るまでね、これ止まないんですね」

鈴木邦男
「いや、田母神さん、あのね、えっと、三島由紀夫が死んで38年になって、三島由紀夫を追悼するいろんな、ま、三島由紀夫と森田必勝ですけど、追悼する集まりがあって、ま、僕らもやってるんですけど、そうするとね、ものすごいやっぱり田母神さんに対する絶賛ですね。いや、これは三島由紀夫の再来だと(会場ざわざわ)。で、三島由紀夫の声が38年経って、やっと届いたんだと。そういうふうに言ってるんですよ。だから『WiLL』にしろいろんな雑誌にしろ絶賛じゃないですか」

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