外国人から見た日本と日本人(3)

2007.11.27 Tuesday 00:42
くっくり



 商人はあれやこれやの税のことで不満を言い(実際にはその税は決して重くはないのだ)、農民は年貢の取り立てで愚痴を言う。また、誰もかれも役人を軽蔑していて、「連中ときたら、どいつもこいつも袖の下を取る。やつらは碌でなしだ」と言っている。そして民衆はおしなべて、この国の貧しさの責任は政府にあると、口をそろえて非難している。

 そうしたことを聞くのはなかなか興味深いことであった。それでいて、この国には乞食の姿はほとんど見かけないし、どの都市でも、夜毎、歓楽街は楽と踊りで賑わいにあふれている。これが、支配者の前に声なく平伏す東方的隷従だろうか。

■アレキサンダー・F・V・ヒューブナー=オーストリア人。外交官。1871年(明治4年)来日。
「オーストリア外交官の明治維新」より

 この国においては、ヨーロッパのいかなる国よりも、芸術の享受・趣味が下層階級にまで行きわたっているのだ。どんなにつつましい住居の屋根の下でも、そういうことを示すものを見いだすことができる。……ヨーロッパ人にとっては、芸術は金に余裕のある裕福な人々の特権にすぎない。ところが日本では、芸術は万人の所有物なのだ。

■ウィリアム・エリオット・グリフィス=アメリカ人。ラトガース大学で越前福井藩士の日下部太郎と出会い、その縁で日本に渡り、1870年(明治3年)から1874年(明治7年)まで福井藩校や東京の大学南校で教鞭を執った。
「明治日本体験記」より

 アジア的生活の研究者は、日本に来ると、他の国に比べて日本の女性の地位に大いに満足する。ここでは女性が、東洋の他の国で観察される地位よりもずっと尊敬と思いやりで遇されているのがわかる。日本の女性はより大きな自由を許されていて、そのためより多くの尊厳と自信を持っている。
(中略)女性が纏足(てんそく)(*1)させられることはないし、中・下層階級の女性もアメリカなみにほとんど自由に出歩ける。

(*1 纏足とは、幼児期より足に布を巻かせ、足が大きくならないようにするという、かつて中国で女性に対して行われていた風習。辛亥革命以降急速に行われなくなった。中国大陸からの移住者が多く住んでいた台湾でも纏足は行われていたが、日本統治時代初期に台湾総督府が辮髪・アヘンとならぶ台湾の悪習であると位置づけ、追放運動を行ったため廃れた)


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