2007.11.27 Tuesday 00:42
くっくり
「日本日記」より
1857年(安政4年)12月7日付の記述
いまや私がいとしさを覚えはじめている国よ。この進歩はほんとうにお前のための文明なのか。この国の人々の質樸な習俗とともに、その飾りけのなさを私は賛美する。この国土のゆたかさを見、いたるところに満ちている子供たちの愉しい笑声を聞き、そしてどこにも悲惨なものを見いだすことができなかった私は、おお、神よ、この幸福な情景がいまや終わりを迎えようとしており、西洋の人々が彼らの重大な悪徳をもちこもうとしているように思われてならない。
「エルギン卿遣日使節録」より
使節団宿舎の芝西応寺における記述
われわれの部屋には錠も鍵もなく、開放されていて、宿所の近辺に群がっている付添いの人たちは誰でも侵入できる。またわれわれは誰でもほしくなるようなイギリスの珍奇な品をいつも並べて置く。それでもいまだかつて、まったくとるにたらぬような品物さえ、何かがなくなったとこぼしたためしがない。
「ニコライの見た幕末日本」より
片田舎の農民を訪ねてみるがよい。政府について民衆が持っている考えの健全かつ自主的であることに、諸君は一驚することだろう。……民衆について言うならば、日本の民衆は、ヨーロッパの多くの国に比べてはるかに条件は良く、自分たちに市民的権利があることに気がついてよいはずだった。ところが、これら諸々の事実にもかかわらず、民衆は、自分たちの間に行われていた秩序になおはなはだしく不満であったというのだ!
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