外国人から見た日本と日本人(2)
2007.10.23 Tuesday 00:30
くっくり
幕末、明治の文献については、渡辺京二氏の「逝きし世の面影」を全面的に参考にさせていただきました。この本は当時滞日した外国人が記した膨大な数の著書を引用、テーマごとにまとめてあり、当時の日本や日本人の姿を知るのにうってつけです。オススメです。
(07/10/16付:外国人から見た日本と日本人(1)のコメント欄にてこの本を御紹介下さったVe様には改めて御礼申し上げます)
子どもの描写について、今回はモースとスエンソンの文献を引用しましたが、他にも多くの外国人が日本の子どもを誉めています。
明治10年代〜20年代、横浜、東京、大阪、神戸などの水道設計によって名を残したイギリス人のヘンリー・S・パーマーは「彼ら(子供ら)と親しくなると、とても魅力的で、長所ばかりで欠点がほとんどないのに気づく」。
明治6年〜明治38年まで日本で教師として活躍したイギリス人、バジル・ホール・チェンバレンは「日本人の生活の絵のような美しさを大いに増しているのは、子供たちのかわいらしい行儀作法と、子供たちの元気な遊技」。
明治23年に来日したドイツ人宣教師で、日本についてすこぶる辛口な本を書いたカール・ムンツィンガーですら「私は日本人など嫌いなヨーロッパ人を沢山知っている。しかし日本の子供たちに魅了されない西洋人はいない」。
渡辺氏は言います。
「かつてこの国の子どもが、このようなかわいさで輝いていたというのは、なにか今日の私たちの胸を熱くさせる事実だ」
実はモースに関しては、「日本その日その日3」から具体的な体験談を渡辺氏は紹介しています。
モースは東京郊外でも、鹿児島や京都でも、学校帰りの子どもからしばしばお辞儀をされ、道を譲られたと言っている。モースの家の料理番の女の子とその遊び仲間に、彼が土瓶と茶碗をあてがうと、彼らはお茶をつぎ合って、まるで貴婦人のようなお辞儀を交換した。「彼らはせいぜい九つか十で、衣服は貧しく、屋敷の召使いの子供なのである」。彼はこの女の子らを二人連れて、本郷通りの夜市を散歩したことがあった。十銭ずつ与えてどんな風に使うか見ていると、その子らは「地面に坐って悲しげに三味線を弾いている貧しい女、すなわち乞食」の前におかれた笊に、モースが何も言わぬのに、それぞれ一銭ずつ落し入れたのである。
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