2007.10.16 Tuesday 00:42
くっくり
この傾向は日本人になるともっと強くなります。だから自慢したり威張ったりする日本人に会うと、私たちの方が驚いてしまいます。
日本人は非常に謙虚な国民で、慎み深い振舞いや言葉遣いがすっかり身についています。彼らも他の国民のように誇り高いのですが、自慢することを嫌います。日本人としての誇りを持ち、かつ外国人から学ぼうという謙虚な姿勢のために、日本は今日の世界の中で重要な位置を占めるようになったのです。
「朝鮮新話」(鎌田沢一郎)(昭和25年発行)より
1932年(昭和7年)に宇垣一成・朝鮮総督に語った言葉
自分は昨夜来東洋における一つの驚異を発見した。それは、今回の長い旅行における大きい収穫であつた。同時に、自分の今日までの研究不足をしみじみと愧(は)ぢている。何であるかといへば、朝鮮に対する全般的な認識の相違である。
吾々は、朝鮮といふ所は、地理的には大体満州の延長であるから、相変らず匪賊(盗賊)が横行し、産業も振るはず、赭土(あかつち)色の禿山の下で、民衆は懶惰(らんだ)の生活を送つてゐるものとばかり思つてゐた。然るに列車が一度鴨緑江の鉄橋を越ゆるや車窓に隠見する事々物々、皆吾々の予想に反し、見渡す山河は青々として繁茂し、農民は水田に出て、孜々(しし)として耕作に従事し平壌その他工業地帯の煙突は活発に煙を吐き、駅頭に散見する民衆は皆さつぽりした衣服を纏(まと)い、治安はよく維持せられていて何ら不安はなく、民衆は極めて秩序正しく行動し、且つその顔に憂色がなく、満州に比べて実に隔世の観がしたのである。
これはとりもなほさず、貴国の植民政策が妥当であつて、歴代の総督が熱心に徳政を施された結果であることを卒直にお歓びすると同時に、今後における吾々の朝鮮観を根本より改めるであらう。
現地紙「サイアム・ラット紙」1945年12月8日付より
日本のおかげで、アジアの諸国はすべて独立した。日本というお母さんは、難産して母体をそこなったが、生まれた子供はすくすくと育っている。今日東南アジアの諸国民が、米英と対等に話ができるのは、一体誰のおかげであるのか。それは身を殺して仁をなした日本というお母さんがあったためである。
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