誰がために散る もう一つの「特攻」(6)〜(8)

2007.06.26 Tuesday 01:19
くっくり



 「この若者たちは数日以内にはことごとく死ぬのだ」。そう思うと、山岡は体が硬直した。ただ、すでに彼らは動揺期を克服しており、無性に明るく、どこにも陰鬱(いんうつ)な死の影はない。その姿は「離れがたい美しさを秘めていた」という。山岡は思いきって、尋ねてみた。「この戦争、勝てると思うのか。負けても悔いはないのか」「どうしたら、そんな心境になれるのか」。その一人、西田高光中尉はこう答えたという。

 「学鷲は一応インテリです。簡単に勝てるとは思っていません。しかし負けたとしてもその後はどうなるのです…おわかりでしょう。われわれの生命は講和の条件にも、その後の日本人の運命にもつながっていますよ。そう民族の誇りに…」

 そう、彼らは自身の「命の価値」に気づいていたのです。
 生き残った方々やご遺族が、「自分や他の人の命を粗末にする今の子供たちはおかしい」と嘆かれるのも、無理はないと思います。


●「下呂楠公祭」事務局長で、大垣市立東中学校長の橋本秀雄(59)
<家族を愛し、国を愛して戦った。そういう人に対する感謝の心を失っていることが今の日本をおかしくしている>

●回天の考案者である黒木博司の妹、教子
<親兄弟や友達を簡単に殺したり、どこかおかしい。日本人の本当の精神を忘れてしまっているようです。兄たち英霊が期待したのは今のような日本ではないはずです>

●竹林(旧姓・高橋)博(82)=回天搭乗員
<今の子供たちの考えが信じられない。価値ある死を選んだ者を見てきた立場では、それは命を軽んじることで理解できない>

●吉留文夫(80)=回天搭乗員
<いまの日本人を見ていると、戦友が何のために死んでいったのかを子供や孫に伝えないといけないと思うようになった>

●「回天の母」と呼ばれた、おしげさんこと倉重アサコ
<神風や回天のような、絶対に死ぬとわかった兵器による特攻は、絶対に避けねばなりません。けれどもお国のため、みんなのために死んでいった若い人たちの心は、いまの若い人たちにも伝えておかねばならないと思います>

 僭越ながら、戦争を全く体験していない私でも、時々申し訳なく思うことがあります。こんな日本にするために彼らは命を捧げたのだろうか?と。

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