誰がために散る もう一つの「特攻」(6)〜(8)

2007.06.26 Tuesday 01:19
くっくり



 「出撃するときは、お互い『先に逝ったら、靖国神社でおれの席を取っておけよ』が合言葉になっていた。本当におれの席があるのかどうか。いずれ、みんなの待つ靖国神社にいくという気持ちが残っているんですね」

 吉留が続ける。

 「2回も生きて帰ってきたのが自責の念として強く残っていて、回天のことはあまり話したくなかった。でも、いまの日本人を見ていると、戦友が何のために死んでいったのかを子供や孫に伝えないといけないと思うようになった。海に手をつけると、戦友が水の中から『おい』って声をかけているような気になる」

 おしげさんも、こう言い残している。

 「戦争の悲しみは、もう再び繰り返してはなりませんし、神風や回天のような、絶対に死ぬとわかった兵器による特攻は、絶対に避けねばなりません。けれどもお国のため、みんなのために死んでいった若い人たちの心は、いまの若い人たちにも伝えておかねばならないと思います」

 「徳山湾の海を見ていると、一人ひとりの顔が思いだされてきます。命あるかぎり、忘れることのできないあの顔、この顔…。けれどもそれは、もう二度と『お母ちゃん』とは呼んでくれない顔なのです」

■  ■

 昭和46年7月、松政が閉鎖されるに伴い、おしげさんは引退。60年2月22日、ある遺言を残し、この世を去った。78歳だった。

 「ええか。私の骨は海にまいて。子供たちが海の中で待っているから。絶対、海に入れてよ。子供たちとお酒を飲むから」

 おしげさんの遺骨は、回天を考案した黒木博司が訓練中に殉職した海域にまかれた。

 =敬称略、おわり
(宮本雅史)



 この連載は「ああ黒木博司少佐」(吉岡勲)、「回天」(編集代表・鳥巣建之助)、「ああ特攻隊」(木村八郎)などを参照した。


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【回天】
《天の運行を変える意》どうしようもないほど衰えた(国の)勢いを、もう一度元に戻すこと。
=三省堂・新明解国語辞典より

 「回天」と命名したのが誰なのか私は知らないんですが(*1)、その言葉の意味を初めて知った時、命名者の「回天」にかけた想いがストレートに伝わってきて、胸が痛くなりました。


(*1) ネットで調べたところ、命名者は黒木少佐だとする資料もあれば、「回天」発案者の一人である仁科関夫中尉だとする資料もありました。さらには海軍水雷学校長の大森仙太郎少将だとする資料も。

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