2007.06.26 Tuesday 01:19
くっくり
戦局が悪化の一途をたどる中、自ら死をかけて祖国を救う道を選んだのである。イタリアが降伏、ドイツが劣勢になると、親友の原田周三には<海軍の現状、焦燥と不安のみにして大局に徹底せる勇断なし。特殊潜航艇の使用方法然り。艇の改造然り。今日、必死の戦法の外なし。艇に自爆装置を附すること意見具申中なり。「死を全道に守る」この語につき今日切実に考へるところあり。必死の戦法さへ採用せられ、これを継ぎゆくものさへあらばたとへ明日殉職すとも更に遺憾なし>と語っている。
劣勢を巻き返すには、特殊潜航艇以上の必死必殺の兵器を採用するほかない。思いはさらに募った。
黒木は特殊潜航艇の改造を続けた。しかし、いくら改良しても、戦局を挽回(ばんかい)する効果は期待できなかった。たどり着いたのが、目のある魚雷、回天だった。
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【写真】「回天」はトロッコに載せられ、このトンネルの中を運ばれた=山口県・大津島
黒木は18年10月、海軍司令部に人間魚雷の採用を要望したが、生還率ゼロという作戦は受け入れられなかった。この年の4月から19年3月まで「鉄石之心」の表題で日記をつづっている。全文が血文だ。
軍令部に談判した10月以降の『鉄石之心』には<標的ト生キ死ナム><事不成神州男児断ジテ屈セズ>といった言葉が並ぶ。特攻兵器の採用を目指す黒木の執念は続いた。19年5月には全文血で「急務所見」と題する意見書を作成。その中で、護国の方法として「死ノ戦法ニ徹底スベキ事」「天下ノ人心ヲ一ニスベキ事」「陸海軍一致スベキ事」「緊要ノ策ヲ速刻断行スベキ事」と4つの策を提言した。
回天の採用が決まったのは19年8月1日。黒木の決死の思いがようやく軍令部を動かした。
=敬称略
(宮本雅史)
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