ペマ・ギャルポさんチベット・モンゴルを語る

2007.05.12 Saturday 02:20
くっくり



 ペマ 連絡官の時期も含めて実質的に14年間も活動しているなかで、新しい人材が出てきたこともあります。また、ダライ・ラマ法王が89年にノーベル平和賞を受賞したことで、チベット問題にとっても大きな転換期になりました。これを契機に、私は大学に戻り研究に専念したかったのです。岐阜女子大教授や拓殖大学海外事情研究所の客員研究員を務め、チベット問題をテーマにして博士号の取得にも全力を注ぎました。

 ――テレビなどでコメンテーターとしてもご活躍です

 ペマ さまざまなチャンスを与えていただき、私自身の視野も広がってきた気がいたします。日本で培ってきた知識や人脈をモンゴルのために使えればと思っています。個人的には歴史に残るような日本とチベットの橋渡しをしていきたいですね。=おわり


 朝日新聞や毎日新聞には絶対載らないな、これは(T^T)


 ペマさんは日本に帰化した理由のひとつとして、ダライ・ラマがチベットの独立を放棄したことを挙げられていますね。「中国の支配下で生きる気はまったくない」と。
 チベット人としてのアイデンティティ(独立希求)とダライ・ラマの意思(独立放棄)、その狭間でペマさんはきっと大変悩まれたんでしょうね。

 それにしても、帰化するにあたり最も心配したのが、「日本国籍を取得した後で、私がチベットのために日本を裏切ることにならないかということ」だとは。感動してしまった!(T^T)
 在日に便宜を計るために日本国籍を取得した白眞勲(民主党参議院議員)なんかとは、根本的に違いますね。


 ダライ・ラマの「独立放棄」――。
 人口、軍事力、経済力などで中国に圧倒されているチベット人が生き残っていくためには、大幅な妥協はやむをえないのかもしれません。
 しかし、ダライ・ラマは平和的対話を求めているものの、中国共産党は話し合いには応じていません。

 中国共産党は対話を延ばし延ばしにしつつ、一方でチベットに漢民族をどんどん送り込み、民族浄化を進めていく腹なのでしょう。
 実際、2006年7月に青蔵鉄道が全線開通したことで、チベットの中国化はますます拍車がかかっていると聞きます。
 ダライ・ラマも今年3月、「チベット民族の文化や地域の自然がおびやかされる」と青蔵鉄道を批判しています(AFP BB News3/11)。

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