筑紫哲也が都知事選出馬?過去の「妄言」紹介
2007.01.29 Monday 14:35
くっくり
・翌30日の「多事争論」では「なぜ韓国人だけを大きく取り上げるんだという種類の批判が届いております。これは事実に反します」と言い訳する羽目に。「そういうふうに見るというのは、見る側のほうに残念ながらある種の偏見があるんではないかと私は思います」。日本人の命より韓国人の命のほうが重いという筑紫の考えこそが偏見であり、視聴者はその事実を指摘したにすぎない。
●迷惑な沖縄愛(与那原恵)
・95年の米兵による少女暴行事件。News23でも何度も特集された。抗議集会というと組織動員が多かったが、この時は自発的に集まった人が多数を占めたという。沖縄人に強く訴えかけた大きな理由は、被害者が「少女」だったことにあるかもしれない。沖縄のこの種の集会には必ずといっていいほど、中学生や高校生の少女が作文や詩を読み上げる。この集会でも普天間高校の女子高生が作文を読み、彼女はそののち数年間にわたってNews23に取材されることになった。筑紫らから仮託された「沖縄の少女」というイメージに縛られるのはいやだろうな、と私は彼女を見ながら思っていた。
・「皇民化教育に染め上げられた典型的な軍国少年だった。だから、戦後になって、無知な自分とはちがい、あの戦争はまちがいだと思い、反対でもあった大人たちが存在していたことを知り大きな衝撃を受けた。しかし少年たちが育つことになる現実はひどいものだった。地上戦の後の沖縄や広島、長崎ほどではないにしろ、餓えと欠乏のなかに置かれた。そういう状況のなかで『賢人』だった大人への称賛はやがて恨みへと転化する」(「筑紫哲也の『世・世・世』 沖縄タイムス社)
・戦争を止められなかった大人への恨み、だ。「ボク」は無知な少年だったから軍国少年に染め上げられてしまったのだ。この文章に重ねることができるのは、沖縄を象徴する「少女」である。無垢で清らかな私。日本や米国の大国の論理で振り回されてしまう被害者としての沖縄。筑紫が沖縄を愛するのは、この感覚を共有できるとでも思っているからだろう。しかし、近年明らかになっているように、沖縄戦の実相は複雑である。沖縄は複雑な感情や打算がうずまく島である。人間の暮らしとはそういうものだ。はっきりしているのは、かつてのサヨク的言説に人々がなびかなくなっていることだ。サヨクな人々が沖縄に仮託して、自分たちの言いたいことを言っているに過ぎないことに気づいてしまったからだ。
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