「硫黄島からの手紙」観ました

2007.01.13 Saturday 02:04
くっくり


 (観た日の夜はそれらの映像が次々と脳裏に甦り、なかなか寝付けませんでした)

 
 だけど、ラストシーン(発掘された手紙の主たちの声、声、声……)を見た時は、少しだけ心が救われました。
 兵隊さんたちのメッセージが時を超え、妻や子や孫、そして今を生きる日本人に届く……。

 国のため故郷のため家族のため、戦って散っていた皆さんの想い、私はしっかりと受け止めましたよ。

 「本当にありがとうございました。あなた方の戦いを私は無駄にはしたくありません。日本が二度と戦争に巻き込まれることのないよう、微力ながら努力いたします。ですからどうか安らかにお休み下さい……」
 
 同時に、こんな気持ちも強く湧いてきました。
 「この映画は多くの日本人が観るべきだ。そして硫黄島の激戦についてもっと知るべきだ」

 こういったことを感じたのは私だけではないでしょう。おそらく観た方の多くが同じような想いを抱いたはず。
 くり返しになりますが、そういう効果があっただけでも、この映画は価値があると思います。だからイーストウッドGJ!なのです。


 私が思うに……
 「昭和20年2月19日、米軍が硫黄島に上陸。3月16日、占領を発表。但し戦闘はその後も続き、日本軍の最後の反抗は26日……」といったことを知っていたとしても、それはあくまで「結果」を知っているに過ぎなくて、決して「歴史」を知っているということにはならないんだろう、と。
 「結果」に至るまでの「過程」を知ることが重要なのではないか、と。

 もちろんフィクションの混じった映画で、「過程」の一端を垣間見ただけで、「歴史」を知った気になってはいけないと思います。
 だけど、映画を通して当時の兵隊さんたちと感情を共有したり(共有した気になったり?)、硫黄島や大東亜戦争についてもっと深く知ろうとしたりすることは、「歴史」を知る“とっかかり”にはなりますよね。


 良かったのは、日本映画にありがちな説教くささが全くと言ってよいほど感じられなかったこと。
 日本映画の場合、「戦争はいけないんだよ」といった反戦メッセージを登場人物に言わせたりすることが多々見受けられるんですが、そういうのが一切無かったです。
 ただただ残酷で壮絶な映像を観客に叩き付けてくる。それがかえって強烈なメッセージとして伝わってきたような気がしました。

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